1950年代に活躍した日系プロレスラー(父は日系、母は中国系*1)。
太平洋戦争直後の反日感情を利用し、ハッピに下駄、鉢巻きなどのいわゆる「田吾作スタイル」で登場。
下駄での凶器攻撃や、相撲をイメージした塩での目潰し、「パール・ハーバー」を髣髴とさせる後ろからの不意打ちでルー・テーズなどの善玉レスラーを序盤は苦しめるも、反撃されるとペコペコと命乞いをする・・・といった「卑怯なジャップ」のギミック(意匠)を完成させ、悪役として大人気に。
レスラー有数の大富豪となった。
「血はリングに咲く花、プロレスは度胸の商売」などの名言でも有名。
日本のプロレス界にも深く関わり、フレッド・ブラッシーとの流血戦ではテレビを見ていた老人がショック死する事態にも。またジャイアント馬場や大山倍達渡米時代のマネジャーとしてもしられる。
2005年11月、ドキュメンタリー作家として知られる森達也氏が、
「悪役レスラーは笑う―― 「卑劣なジャップ」グレート東郷 ―― 」
という評伝を出版した。
悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷 (岩波新書 新赤版 (982))
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*1:森達也の著作「悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷」は、別の国にルーツがある可能性を触れている。