「ノラや」という内田百閒の随筆がある。百閒先生特有のちょっととぼけた文章で綴られる味わい深い連作集は、愛猫ノラとの出会いから始まる。その後ノラの失踪による捜索と落胆のどたばた劇、胸ふさがれるような悲痛な思いが、少し「おかしみ」を感じさせる文章で切々と綴られていく。 百閒先生はその中で、オス猫に「ノラ」と名づけたことの言い訳をしている。イプセンの「人形の家」のノラは女性名だが、愛猫ノラは「野良猫」のノラである。「時勢が変われば人間だって男だか女だか判然しなくなり(!)、入れ代わったりしないとは限らないから男のノラで構わぬ事にする。」と、強引に結論を出しながらも、言い訳を何度もくりかえしていて、な…