この人の作品を語るのは、自分の任ではないと思える作家がある。 四十二歳のとき、ワーレンベルク症候群という若年性脳梗塞の発作を起して、一か月ばかり入院した。今はないが、飯田橋にあった日本医科大学付属第一病院だ。危険な時期を脱してリハビリ以外にすることもない日々には、『吉川幸次郎全集』第四巻(筑摩書房)と荻生徂徠『論語徴』(平凡社東洋文庫)とを枕元に持込んで、『論語』註釈を読んで過した。 気安くお喋りをする看護師のひとりが「へえ、そういう人だったんだ。向うの部屋にも、なんだか作家さんだとかいう人がいるよ」と、教えてくれた。自称作家なんぞ星の数ほどいる。気にも留めずに、「そうかい」と聴き流しておいた…