父はたえずフリーダの知的好奇心を刺激しつづけた/写真スタジオの蔵書 www.youtube.com フリーダ・カーロ(1)から 「棒足フリーダ」とからかわれ、内向的に 小児麻痺から萎えた右足の機能を回復させるため、父はフリーダに、足を使うように木登りやボート漕ぎ、ボール遊ぶにはじまり、水泳やサッカーだけでなく、ボクシングやレスリングまでいろんなスポーツをさせました。 けれども右足は棒のように痩せたままで、細いふくらはぎに何枚もの靴下を履いたりしましたが、かつて日本では野口英世が火傷をおい「手ん棒」とからかわれたように、フリーダは「棒足フリーダ」とからかわれ、除け者にすらされたこともあったようで…