ペトロ岐部

(一般)
ぺとろきべ

1587年〜1639年7月4日
ペトロ・カスイ・岐部。安土桃山時代から江戸時代にかけて活動した日本人キリスト教徒。イエズス会司祭でありカトリック教会の福者でもある。豊後国の国東郡の岐部(現在の大分県国東市国見町岐部)出身。
肥前国にあった有馬のセミナリヨでキリスト教を学んだ。1614年にキリシタン追放令によってマカオへ追放。マカオで司祭を目指して努力するが、日本人への偏見などがあって司祭叙階が困難であると知った岐部はローマのイエズス会本部を目指してマラッカ、ゴアを経由し、インドからは陸路でエルサレムなどを訪れながらローマにたどり着いて1620年11月15日にサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂で32歳で司祭叙階を受けた。その後、イエズス会修練院で2年間学んだ後に喜望峰経由で海路で東南アジアに戻った。1630年にマニラ経由で日本に戻ったが、1639年に潜伏先から見つかり、拷問の後に斬首され殉教した。2008年にローマ教皇庁列聖省神学審査部会によって福者に列せられた。

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