前回はルターの影響を受けたミュンツァーによってドイツ農民戦争が指揮され、ミュンツァー敗北後にシュパイアー帝国議会が開かれたところまでを見ていきました。今回は、神聖ローマ帝国において、ルターがどのように公認され、そして領邦教会制が確立されていったのかを見ていきます。このお話は非常に複雑なものとなることが予想され、また、まだ書いていない国家や出来事が出てくるかもしれませんが、追々説明しますのでご心配なく →1520年代、神聖ローマ皇帝カール5世はイタリア戦争によってドイツに居なかったことに加え、オスマン帝国が南から神聖ローマ帝国を圧迫していたために行政が十分に機能せず、ドイツ農民戦争を招いた。オス…