「忘れなそ、ふるさとの山河」という著書名(及びブログ名)は故郷を去った筆者に対する今は亡き父の言葉である。忘れるどころか望郷の念は哀しい程に深い。だから「小春」を読むと佐伯を想う独歩の心情が痛いほど分かる。 小春とは(辞書によれば)、初秋の穏やかで暖かい春に似た日和が続くころで、陰暦十月の異称である。 十一月某日、独歩は画家を目指す後輩と野に散歩に出る。素晴らしい小春日和である。この時分、独歩は誇り顔に「我は老熟せり」と言ってはいるものの、世間との折り合いが上手くいかず家に引き篭もって鬱々とした日々を送っている。 野に出て寂たる林間に絵を描きながら後輩は、自然に身をまかせ瞑想している独歩に何気…