宝永2年3月2日。未上刻(午後1時)、深井丸足軽頭の巾下阿知波加右衛門の家から火が出る。この時、辰巳(南東)の強い風が吹き、西北に向かって焼けて行く。夕暮れ前にはおさまる。文左衛門は城へ出向き、おさまった後直ちに政右と巾下へ出かける。丹左・小一などを訪ねる。類焼の者は杉山次郎太夫・菅谷弥太夫・安藤甚左衛門・奥平八右衛門・下条半弥・高麗十三郎・御細打・大熊庄兵衛・安藤杢左衛門・大脇所左衛門・鈴木市之右衛門・杉山勘之丞・佐分伊左衛門・西岡伴之丞・谷口安右衛門・中沢宗賢・井上宗悦・藤沢文右衛門・粟田六之右衛門・長岡五郎兵衛・兼松四郎右衛門、長屋が焼ける・小笠原左之右衛門、長屋は焼けず。町人では土蔵は…