車いすを使っている人が、不自由を感じたことについて言挙げをする。 バリアフリーを求めての世の中への提言であっても、「我慢しろ」とか「わがままだ」とか、その希望に対して個人にむけた非難がふりかかる。個人を特定され身の危険を感じるほどの反応があるのだという。 その個人的な体験とそれに基づく提言は、とても貴重なものだ。 提言が実現するかしないかは次のステップだとして、その提言を本人の身をさらさなくても(さらしても危険を感じずに済むならその方がよいのだが)、発信できるそんなしくみがあってもよいではないか。 その提言への共感がどのくらいあるかの計測、も含めて、そのプラットフォームでできることは大きいと思…