案内状が舞い込んだ。 同窓会の開催を報せる趣旨のものである。 一九三〇年のことだった。一八七〇年生まれの戸川秋骨の身にとって――正確には一八七一年三月の「早生まれ」ではあるのだが、本人が「自分は一八七〇年の生まれだ」と繰り返し主張するがゆえ、ここではそれに従おう――、このとしは丁度六十歳目、還暦という人生の大きな節目に相当(あ)たる。 それにかこつけ、久方ぶりに小学校のクラスメイトで集おうぜ、わっと騒いで、旧交を温め合おうじゃねえか――と、つまりはそんな誘いであった。 聖書の登場人物で誰が一番好きかと問われポンテオ・ピラトと即答し、十二使途には「耶蘇の殺されたのは気の毒といへば気の毒だが、その…