見下ろす里の家々に陽が当たり始めるのは10時近くだった。未だ薄暗い家々の前に広がる田地にはそれでも陽が入っていた。同じ山間地の我が家でも8時前には陽が差し込んで来る。その事を少し驚いていると、日の当たる場所に家を作るより田地に恵みの陽を入れる事を優先したのだろうと仲間が言う。既に汗が滲むほど陽を浴びながら山肌に取り付いていた頃に見えた里の光景である。 人々が茶を背負って行商に通ったのが「茶売り道」と呼ばれる旧因尾村や井ノ上村から「楯ケ城山越」に至る尾根道である。その尾根へ登る道を中々探せない。結局、道は分からず仕舞いで尾根まで二時間を要した。 尾根に出るとようやく道が現れた。やがて尾根道が分岐…