昔ここに、皮膚科・泌尿器科の医院がありました。この地に開院したのは、昭和三十三年だったでしょうか。午前中は大学病院の勤務医で、午後三時ころから開業するという、二足の草鞋の医師でした。五十年ちかくも診療いたしました。 近所で産れ育った皆さんはどなたも、赤ん坊のころか幼児のころ、汗疹(あせも)だ飛火だ火傷だで、慌てふためくお母さんに抱かれて、この医院へ連れて来られたことでしょう。その赤ん坊たちも、今やよいお齢でしょう。ただしご近所に今もお住いのかたは、多くはありません。この地から離れていったかたがたがほとんどです。 医師はこの地で死にました。自宅で息子に看取られた、静かな最期でした。 白樺派の一人…