美しい そして哀しい 末広稲荷は、小樽の有名な侠客(きょうかく)だった末広こと鈴木吉五郎が、明治17年に京都伏見稲荷から分霊し祭ったもの 吉五郎は、芝居小屋の末広座を興したほか、私設消防組も発足させました。 昔、入船かいわいは料亭や見番(芸妓(げいぎ))の手配をするところ)などが軒を並べ、花街としてにぎわっていました。末広稲荷も花柳界に働く人たちの信仰を広く集めていました。 鈴木吉五郎の亡くなった後は、人力車屋を営んでいた大畑五郎次が、末広稲荷の世話を引き継ぎました。 おたる坂まち散歩 十一坂 後編 末広稲荷 | 小樽市 要は吉原遊郭みたいなところだったのなと思って調べたらこの記事興味深かった…