土肥原賢二

土肥原賢二

(一般)
どいはらけんじ

陸軍軍人。
1883(明治16)年8月8日岡山県生まれ。
1912(大正11)年 陸軍大学校を卒業。
1931(昭和6)年 奉天特務機関長 在任中の満州事変直後、奉天市長に就任。天津で中国人による反張学良暴動を起こさせ、溥儀を満州に移送。
1935(昭和10)年6月27日 内蒙工作を進め、土肥原・秦徳純協定を締結。
1938(昭和13)年 満州駐屯第5軍司令官
1941(昭和16)年 陸軍航空総監
1943(昭和18)年 東部軍司令官
1944(昭和19)年 シンガポール第7方面軍司令官
1945(昭和20)年 陸軍教育総監
1945(昭和20)年 第一総軍司令官

東京裁判にてA級戦犯に指定され、中国侵略の罪で死刑判決を受ける
1948(昭和23)年12月23日 死刑執行(絞首刑)

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