広津和郎(1891~1968) 谷崎精二先生を囲むお祝いの宴。受付には、英文科の大学院生らが、お客様ご案内係や名簿係として駆り出されていた。会が始まって、ようやく受付が手すきになったころ、老人が一人、入口に到着した。 「あっ、広津さんだ」 大学院生は谷崎門下で、日頃イギリスの小説家を調べていた。しかし文学読者としては、広津和郎を愛読していた。その広津が今夜はご来駕あるやもしれぬとの事前情報に、ひそかに胸躍らせていたのだ。ご本人をお見かけした経験は、まだなかった。運が良ければ、谷崎先生の弟子の何某ですと、ご挨拶の機会があるかもしれない。 「あのぅ、広津先生、よろしければ外套をお預かり、いたしまし…