江戸十五代将軍徳川慶喜の墓所に詣でた。なん十年ぶりだろうか。つい眼と鼻の先までは、毎年足を運んできたのに。ということはこのペースだと、これが生涯最後の機会となるかもしれない。寛永寺の寺領域だ。 石塀と鉄柵と格子扉とに囲われて、墓石塚には近づけない。なん十年前もさようだった。石塀はしごく傷んでいて、崩れる恐れがあって危険につき近寄るなとの立札が立ち、接近禁止のロープが張り渡されてある。なん十年前にはなかったことだ。 徳川家に対しては義理も因縁もない。大変な時代に産れ合せて、人並でない人生を送った日本人の一人として、教科書で知るだけだ。 寛永寺寺領を懐深くに含んだ谷中霊園までは、年にいく度も来る。…