阿川弘之の「志賀直哉」とその周辺の人物についての記録文学。 野間文芸賞、毎日出版文化賞を受賞。
志賀直哉〈上〉 (新潮文庫)
志賀直哉〈下〉 (新潮文庫)
1883年2月20日宮城県石巻町生まれ。作家。1971年没。父直温、母銀の次男として生まれる。
1910年、武者小路実篤、有島武郎らと「白樺」を創刊。以降「白樺派」として戦前の小説界を牽引する。異名「小説の神様」。自らを題材に採った告白小説・私小説を中心として執筆。太宰治『如是我聞』などでの批判をのらりくらりとかわす。
久しぶりにオフィスへ出社。 8時半ぐらいから仕事開始、頼んでいた資料が来ず、18時半まで仕事をしてしまった。 痛恨の残業。昨日のブログで「18時には仕事を終える」と書いたばっかりなのに… 明日は30分遅れて仕事を開始してやろうか、とも思ったが、そんなことはしないだろうなぁ。 通勤は苦痛なのだが、通勤電車の中では専ら本を読んでいる。 運良く座れたときも、眠るなんてもったいない。 若い頃は、技術書や理工学書を読んだものだが、最近は小説だ。 今日は文庫本を2冊持って行き、行きと帰りに志賀直哉と津村記久子の短編を読む。 時代も違うし、文章のタッチ(こんな言い方あるのかな)も違うのだけど、それが気分転換…
ここのところ、仕事は自宅で。所謂リモートワーク。 通勤ストレスがなくて良い。 朝8時ごろから仕事を始め、18時に強制終了。 ブックオフに注文していた本が届いているとのことなので、晩ご飯の後に車で取りに行く。 還暦を過ぎて、小説を読んでみたいという欲求に駆られる。 若い頃は、鴎外、漱石、芥川、太宰から村上春樹、島田雅彦なんかも時々は読んだ。 でも、いつしか仕事や子育てに忙しくなり、読むのは仕事に役立つ技術本や理工系の本ばっか。 (実は大学は理系なのです。その後コンピューターベンダーに就職) 人文科学系の本を読むとしても、哲学・思想系の本だった。 この20〜30年の間に小説を読んだことはほとんど無…
今日はリモートワーク。 粛々と仕事をこなす。 仕事の合間に愛犬がじゃれついてくる。ほとんどの場合、それが気分転換になって良いのだが、たまに会議中にじゃれついてくるので困ってしまう… 仕事の後に夕食をすませ、趣味の時間。 大体、音楽を聴いたり、本を読んだりすることが多い。 ふと、Qobuzで、 アンデルシェフスキが奏でるブラームスの後期ピアノ作品集がリリースされていることに気づく。さっそく堪能することにする。 ブラームス後期の内省的な旋律を アンデルシェフスキが丁寧に弾いている。 それだけで心安まるひととき。人間は単純なものだ。 その単純なことに喜びを見いだせることに幸せを感じる。 「できるだけ…
本日は、午後に図書館から借りている網野菊さんの本を読んでおりました。 網野さんの本を読んでみようと思ったのは、山田稔さんが「もういいか」に収録 の「雑々閑話」のなかで話題にしているのを見たからであります。 旅先の古本屋で網野さんの講談社文芸文庫の「一期一会・さくらの花」を見つ けて購入し(これが、昨年の11月19日でありましたので、ちょうど一年前か)、それ から図書館本を借りたのですが、現在流通している網野さんの唯一の本でありま しょうが、これが文字が小さなこともあって、すこし読みにくいものであります。 おん身は花の姿にて: 網野菊アンソロジー 作者:網野 菊 未知谷 Amazon こちらの本…
本日(25/11/15)Zoomで開催されている知人が主催するオンライン読書会に参加させていただいた。交互に日本文学と海外文学をテキストとして選び、その場で音読の上でコメントを交わし合うスタイルを取っている。今回読んだのは、志賀直哉著『小僧の神様』(岩波文庫)から、「清兵衛と瓢箪」「小僧の神様」「城の崎にて」の三作だった。 小僧の神様 他十篇 (岩波文庫) 作者:志賀 直哉 岩波書店 Amazon ちなみに本著の直前に読んでいたのは、ハン・ガン著の すべての、白いものたちの (河出文庫) であった。 面白く読めたのは、「小僧の神様」だ。どこか瀬尾まいこを思わせるところがある。歴史の順番で言うと…
出典:Pexels(フリー画像素材) 目次 はじめに Ⅰ 胸の奥に残る声というもの Ⅱ 家を出るという選択の重さ Ⅲ 病という出来事がもたらす転換 Ⅳ 「毒」という言葉が隠しているもの ― ラベル化の効用と暴力 Ⅴ 許しではなく、距離という選択 Ⅵ 言葉を書き換えるという作業 Ⅶ 和解とは終点ではなく始点である まとめ――「和解」を生きるための、現実的な持ち帰り方 はじめに 親の言葉が、なぜ今も胸の奥で反響し続けるのか。頭では過去だと分かっていても、選択のたびに揺らぐ心、その正体に覚えがある人は少なくないだろう。 本記事は、志賀直哉『和解』(1918年)を手がかりに、親との距離、自立と罪悪感、…
志賀直哉の惣領弟子である。 小説の手習いをする過程で、一度は志賀直哉の文章を研究してみるのが、かつては常識だった。無駄な言葉が見事に刈込まれ、一語々々の背後に、それぞれ対応する意思または意図が無駄なく詰った文章というものを体感するためにだ。 青は藍より出でて、とばかりに、師匠以上に切詰めた文章を実現してしまったのが、瀧井孝作だ。息苦しいほど濃密で、石ころのごとくゴツゴツした手触りの日本語には、なめらかな流露感など微塵もない。それどころか文章が心地好く進行しそうになると、強靭な精神力をもってブレーキをかけたような文章である。 読者も速くは読めない。サッと読み流すわけにはゆかない。一語一語を確認し…
江戸十五代将軍徳川慶喜の墓所に詣でた。なん十年ぶりだろうか。つい眼と鼻の先までは、毎年足を運んできたのに。ということはこのペースだと、これが生涯最後の機会となるかもしれない。寛永寺の寺領域だ。 石塀と鉄柵と格子扉とに囲われて、墓石塚には近づけない。なん十年前もさようだった。石塀はしごく傷んでいて、崩れる恐れがあって危険につき近寄るなとの立札が立ち、接近禁止のロープが張り渡されてある。なん十年前にはなかったことだ。 徳川家に対しては義理も因縁もない。大変な時代に産れ合せて、人並でない人生を送った日本人の一人として、教科書で知るだけだ。 寛永寺寺領を懐深くに含んだ谷中霊園までは、年にいく度も来る。…
320『暗夜行路』志賀直哉(新潮文庫1994年12刷)■ いきなり余談から。『暗夜行路』の巻末に阿川弘之氏の「志賀直哉の生活と芸術」と題する解説文が載っている。阿川氏の娘・佐和子さんは小学校に入学する時、志賀直哉からランドセルをプレゼントされている。ぼくはこのことを佐和子さんのエッセイで読んだような気がする。黒いランドセルではなかったか。『暗夜行路』は志賀直哉の代表作で、500頁超の長編。主人公の謙作は母と祖父との間に生まれた子どもであり、妻は謙作が留守中にいとこと過ちを犯す。このようにこの小説は暗くて過酷な状況設定だ。ほぼ同時期に書かれた藤村の『夜明け前』も暗い(夜明け前なんだから当然か、っ…
立秋(8月7日)はおろか、もう9月もはんぶんすぎたというのに、残暑どころか酷暑がつづきます。地球狂っている。 引きこもってばかりもいられないので、早朝のまだほんの少しは涼しい時刻に散歩にでてみました。 以前大きな農家があった場所が解体され、新しい造成地ができあがっていました。建物はまだですが、20軒前後もに区画割りされていて驚き。 少し行くと、10数年以上前に大手が造成した住宅地、なかには建売業者によるワンパターンの家が並ぶとろもありますが、ほかはそれなりに工夫された個性ある建物が並びます。思い思いの庭、草が生い茂っている庭、いろんな車が並びます。 「住みなす」という好きな言葉が頭に浮かびます…