谷崎精二(1890~1971) 早稲田の文学部で(他学部の事情は存じません)、冠詞も枕詞も付けずに、たんに谷崎先生と申しあげたら、それは文豪谷崎潤一郎のことではなく、弟の谷崎精二先生を指す。学部生のあいだはそうでもあるまいが、大学院生だの助手だのでいるうちに、恩師がたと話す機会が増えるにつれ、いつか自然とそうなる。 慶應義塾の皆さんが、会ったこともない福澤諭吉を、福澤先生と称んでおられるのと似た気分かもしれない。 私は院生も助手も経験していない。たゞし留年また留年で、学部七年生までやった。学科の壁を無視して遊び回り、並の学生の何倍も数多くの恩師・先輩のお世話になった。後年、渡世の巡り合せから、…