『丹羽文雄作品集』全九巻〈八巻+別巻〉(角川書店、1957) 文学史にも芸術論にも、時局にも世相にも関心が失せた晩年には、丹羽文雄作品を読んで過すのがよろしいのではないかと、思っていた時期があった。生立ちや家族の宿命も、男女関係の底なし沼も、超克や救済への祈りも、揃っていた。 どうやらさような時期は到来しそうもない。心境至るより先に、眼が弱り脳が弱り、読み通せそうもない模様となってきた。 西鶴を中心とする江戸文学のご講義を授かった暉峻康隆教授は、学生時代は丹羽文雄と同級で、語らっては同人雑誌発行を企てる間柄だった。ご講義の脱線余談ではしばしば、「当時、丹羽君は~」と懐かしげにおっしゃった。「に…