新冠川右岸に見えるピポクチャシ(判官館)跡 道南方面と日高路を往復してると、江戸前期に起きたアイヌ民族の一斉蜂起「シャクシャインの戦い」が偲ばさります。 争いの発端となった静内川(R4.6月)対岸(左岸側)はシャクシャインの本拠地シベチャリチャシのあった真歌の丘 大河ドラマがいよいよ大詰め、折しも関ヶ原前夜まできました。 敗軍の将・石田三成の孫が弘前藩の援軍を率いてこの蜂起の鎮圧に参加したとのこと。関ヶ原と比べ兵の動員規模は桁違いですが、遠征距離では決して見劣りしません。 縮尺を揃えてみると‥上は松前~国縫~シベチャリ(静内)下は京都~関ヶ原~江戸(遅参した徳川本隊)テキトーなので精度はご容赦…