2021年11月17日(水)京都産業大学ギャラリーから足をのばして島原へ。 島原大門江戸時代以来、公許の花街として発展してきた島原。 「島原」という名の由来は、六条付近にあった傾城町が幕府の指示で現在の朱雀野の地へ移転するにあたり、あまりにも急な移転で騒動になったことから、「島原の乱」になぞらえて「島原」と名づけられたらしい。とはいえ「島原」というのは通称で、正式名は「新西屋敷」という。 島原大門の石碑には江戸後期の尼僧歌人・大田垣蓮月の歌が刻まれている。「嶋原のでぐちのやばぎをみて なつかしき やなぎのまゆの 春風に なびくほかげや さとの夕ぐれ」 写真にあるようなバイクやビルは興覚めだけど…