このような牧場での炊事は、町でのように衛生的にできないことは言うまでもないことであった。ニールスはこの状態を注釈して、次のように言った。「食器洗いは言葉と全く同じようなものだ。われわれはきたない洗い水と、きたないふきんとで、それでも結局は、皿やコップをきれいにすることに成功している。同じように、われわれの言葉の場合にも、不明確な概念とその適用範囲についての限界さえはっきりしない論理しかもたずに、われわれはそれを使って、われわれの自然の理解を明白にすることにともかく成功している。 (ハイゼンベルク,「部分と全体」 p. 220) ✴︎ 学問の探究においては、事象の理屈を模索していく中でふと地平が…