猫 七八年前以前わたしは淡交會へ、猫の畫を出品した。いろいろ讃辭を貰つて恐縮してゐる。 畫家が畫筆を執る場合、大略これを二ツに別けることが能きるだらうと思ふ。 第一の場合は、その畫家の長い間の畫的生活から、觀察や寫生の上から、今描かうとするものが、すつかり呑み込めてゐて、猫も見ず、スケツチを參考とせず、思ふまゝに描いて了ふ場合。 第二の場合は、ふと猫を見て、その瞬間、「猫を描かう」と決心して、その生きた猫を手本として描く場合。 わたしの描いたあの猫の畫はこの第二の場合である。 初秋の午後、わたしは沼津の町を歩いてゐた。八百屋の前を通りかゝつた。するとその八百屋の前におかれた荷車の上に、あの猫が…