東海林太郎

東海林太郎

(音楽)
しょうじたろう

戦前に最も人気があった流行歌手。
明治31年生秋田県まれ。
早稲田大学卒業後、南満州鉄道に入社し、調査論文「満州に於ける産業組合」を発表。
論文が左翼思想だとして満州・鉄嶺の図書館長に左遷されるが、音楽への思いを断ち切れずに昭和5年に帰朝し翌6年にレコードデビュー。
初期はキングレコード等で活躍し、その後ポリドールレコードを中心に「日本調歌謡」を得意とし、「赤城の子守唄」「旅笠道中」「むらさき小唄」「野崎小唄」等でヒットを続発しポリドールのドル箱的存在となる。その他戦時歌謡の「麦と兵隊」等で一時代を築く。
後にテイチクレコード・キングレコード・とレコード会社を移籍するが、マーキュリーレコードでは重役として入社。無数のレコードを吹き込んでいる。
戦後数度に渡るガンの手術によって人工肛門を余儀なくされ、晩年のナツメロブームで再び脚光を浴びた頃には往年のビロードの歌声も見るも無残な哀れな姿になり、現在テレビで放映される映像からでは絶頂期の姿を偲ぶ事はできない。
昭和47年10月4日死去。享年73歳。

今の演歌の原型は東海林太郎の日本調歌謡がその元流と言って間違いなく、その功績は偉大である。

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