終戦の約2カ月後、親元を離れて広島県北に疎開していた子どもたちを『天風録(241020中國新聞)』は思う▲カメラマン故松重美人さん、写せなかった場面▲迎えにきた家族と大喜びする仲間を傍らで数人がぼうぜんと眺めている。一家全滅で迎えは来ない。ほとんど無言で、すすり泣く子も。痛まし過ぎて撮影できなかった▲原爆は軍事施設でなく、街の真ん中を目がけて落とされた。犠牲者の多くが子どもや女性といった社会的に弱い立場の者だった。未来も奪われてしまう子どもたちこそ、戦争の最大の犠牲者なのではないか▲ウクライナやガザのどこかで今も、多くの子どもたちが血や涙を流していることだろう。曇りなき目で見る限り、そんな姿が…