オランダで日本人が殺された。 明治十八年のことである。 被害者の名は桜田親義、その身上は、一介の観光客にあらずして、留学生ともビジネスマンともまた違う。 公使であった。 現地に於ける外交上の窓口であり、「日本の顔」と称してもあながち誇張にはあたらぬ存在。 そういう公使が胸に一発ズドンとやられて殺害されたわけであるから、これはてっきり巨大な陰謀の一角だとか、抜きがたい人種差別の発露であるとか、いずれにせよ何かしら、壮大な構図を妄想してみたくなる。 ところがどっこい事実に於いてはさにあらず、ただの単なる痴情のもつれ、それ以外のなにものでもなかったから救えない。 実はこの桜田親義なる男、日本に妻を残…