陸軍軍人。 1892年12月15日熊本県出身。 1937(昭和12) 参謀本部作戦課長。在任中、盧溝橋事件に際してとして対中国強硬政策を主張する。 1939(昭和14) 陸軍軍務局長 1942(昭和17) 近衛師団長 1944(昭和19) 在フィリピン第14方面軍参謀長
戦後、東京裁判でフィリピンでの米国捕虜虐待の罪により死刑判決を受ける。 1948年12月23日に巣鴨プリズンで絞首刑に処された。
こんにちは、50代オッサンtrrymtorrsonです。 軍人一人一人にスポットライトを当てる。 そして、軍人という点が線となり組織となるとき、政治的力学が働き、さらには軍事行動が勃発します。 その結果が、太平洋戦争の無残な敗戦でした。 個人的に断然面白くて同時に怖いと思うのは、個人(点)の集まりが組織となり、そのなかの組織人が個人の思惑ではなく組織の思惑で動くとき、そして軍部という組織そのものが別の生き物として蠢きだすときです。 これからこのジャンルで何書こうかなと思って手に取ったのが、むかし入手していた別冊宝島編集部の『日本「軍人」列伝』(2006年12月発行)。 -PR- ちょっとマイナ…
こんにちは、40代オッサンtrrymtorrsonです。 半藤一利さんの名著『指揮官と参謀 コンビの研究』をもとに、太平洋戦争を総括する第11回目。 -PR- 今回取り上げるのは、山下奉文(ともゆき)陸軍大将と武藤章陸軍中将です。 半藤さんは、この山下と武藤の章を次のような印象的な書き出しで始めます。 ある烙印をおされ、ひとたび主流から離れたとき、組織に生きるかぎりは非情の人事に身をまかせるほかはないのだろうか。 われわれの周辺でも、組織のため大きな働きをした有能な人が、上長に好まれなかったばかりに、意外に不幸な末路をたどる例をしばしばみる。その人の人間性や、主義主張とはなんら関係ないことで。…