井戸川射子『この世の喜びよ』、今期の芥川賞受賞作です。 受賞作発表号『文芸春秋』三月号の目次を開くと、作品タイトル脇のキャッチコピーには「喪服売り場で働く女性を通して描く子育てのリアル」とあります。さような作品なら、私とは縁もゆかりもなく、およそ接点など探りがたい作品のはずですが。 主人公穂賀さんは中年の女性で、ショッピングセンターの喪服および喪服用小物やアクセサリーの売場に、長年勤める販売員です。年齢は明かされていませんが、たった一度だけ、最近すぐに激しく汗をかくとされていて、更年期障害に悩む女性かもしれません。シフトの相方である加納さんも、穂賀さんよりは後輩ながらベテラン販売員で、服や履物…