白仁天

白仁天

(スポーツ)
はくじんてん

ペク・インチョン

60〜80年代のプロ野球選手。韓国プロ野球監督。

右投右打。ポジションは捕手→外野手。背番号は41→7→6→9→2→22番。
1943年11月27日生まれ。韓国・全羅南道出身*1
京東高校から韓国農業銀行で選手として活躍。

1962年、東映フライヤーズの韓国遠征の際に素質を見出され、入団。

1年目より一軍に活躍。三振の少ない安定した打撃で活躍。
1960年代のフライヤーズを支えた。

1975年、東田正義との交換トレードで太平洋クラブライオンズに移籍。
同年、打率.319で首位打者を獲得。ベストナインを獲得。4番打者として山賊打線を支えた。


1977年、長谷川一夫倉持明との2対2の交換トレードで、安木祥二と共にロッテオリオンズに移籍。
2度の半期優勝に貢献した。


1981年、近鉄バファローズに移籍。同年、退団。


1982年、韓国プロ野球が発足し、MBC青龍*2で選手兼任監督として活躍。
史上最高打率の打率.412で首位打者を獲得した。

1983年から1984年には三美スーパースターズの選手兼任コーチを務める。

1984年、現役引退。


1990年、LGツインズの監督に就任。同年、韓国シリーズ優勝監督となった。1991年、退団。

1995年、三星ライオンズの監督に就任。李承菀を育て、球界屈指の打者に成長させた。

1997年、退団。

その後はSBS野球解説者を務める。

2002年、ロッテジャイアンツの監督に就任。

2004年、退団。


現在はSBS野球解説者、韓国野球委員会(KBO)委員。
日本と韓国の掛け橋的な存在でもある。




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*1:当時韓国は日本国であり、出生時に日本国籍を持っていたと解釈され、選手の時は日本人扱い

*2:現在のLGツインズ。