越後にこういう話がある。 直江津から柏崎に至るまで、十三里に垂(なんな)んとする沿岸地帯。元来あそこは緑の稀な荒蕪地であり、強い北風が吹きつけるたび、砂塵を巻き上げ、人の粘膜を傷付けて、とても居住に適さぬ場所であったのだ、と。 (直江津港附近) 変化(かわ)ったのは天和年間、十七世紀末からだ。 時の領主が思ったそうだ、 「あのあたりを松原にしよう」 と。 たちまち数ヶ所が見繕われて、大量の粟が運び込まれる。 そう、粟だ。五穀のひとつ、稗と並んでとりわけ有名な雑穀であり、雑穀中のいわば「顔」。ご丁寧にも脱穀後の実ばかりである。そいつをばさっと、植えるのではない、打ち水みたいにただ無造作に撒き散ら…