私が西欧中心史観の「肉食進化説」を批判するようになったのは、縄文社会研究で「縄文狩猟社会説」と「縄文人ドングリ主食説」に反発したことからでした。 その出発点は、私などの戦後に育った世代の生活実感として、そもそも肉食はめったいないごちそうであり、瀬戸内海の沿岸では毎日のように魚介類を食べていたことや、夏休みに田舎に行くと、1か月の間、毎日網を持って従兄弟と川に行き、時々、海にも行き、キスやハゼを釣り、アサリ・ハマグリ・マテ貝などを獲っていた体験にあります。春には、毎年、親戚一同で潮干狩りに行くなど、川や海の幸は実に豊かだったのです。 別の従兄弟たちとは和舟で艪を漕いで釣りをし、千歳空港でイタオマ…