16.『三四郎』汽車の女(2)―― 暗夜行路の山陽線(つづき) 〔番外篇3〕 ここで前項でふれた『暗夜行路』の当該部分を引用する。(時任謙作が三角巾で頬被りしているのは中耳炎に罹ったため。) 支度は早かった。隣りの老夫婦も手伝って一時間たらずで総ては片付いて了った。婆さんは荷造りを手伝い、爺さんは電燈会社や瓦斯会社などの払いに廻った。 尾道には急行は止らなかった。彼は普通列車で姫路まで行き、其処で急行を待つ事にした。 午少し前、彼は老夫婦と重い旅鞄を下げた松川に送られて停車場へ行った。 大袈裟に三角巾で頬被りをした謙作が窓から顔を出していると、爺さん、婆さんは重い口で切(しき)りに別れを惜んだ…