671年10月17日天智天皇は大海人皇子のちの天武天皇を呼び出し最後の兄弟喧嘩が勃発する。 天智病臥時の出来事 日本書紀の巻28壬申紀は、天智4年671年10月17日の天智天皇病臥から始まっている。 この日、大海人と親しい蘇我安麻呂が使者として立ち、大海人を天智の病床に召し出した。蘇我安麻呂が大海人に用心するよう忠告したと記述があるので、後世いろいろと詮索されるようになった。 が、『継体持統㊵:大海人皇子のワガママ - 上古への情熱』で述べた通り大海人皇子は逃げてばかりいたので、蘇我安麻呂は単に「あんまりネガティブなこと言わんで下さいよ。怒られますよ。」と言ったと解釈できる。 天智と大海人のや…