憂《う》しとのみ ひとへに物は思ほえで 左右にも 濡るる袖かな 去年の同じ夜の兄帝の朱雀院のことも 恋しく思い出していた源氏の君🪷 〜ただ つらいとばかり一途に思うこともできず 恋しさと つらさとの両方に濡れるわが袖よ 【第12帖 須磨 すま】 この月を入道の宮が 「霧や隔つる」とお言いになった去年の秋が恋しく、 それからそれへといろいろな場合の初恋人への思い出に心が動いて、 しまいには声を立てて源氏は泣いた。 「もうよほど更《ふ》けました」 と言う者があっても源氏は寝室へはいろうとしない。 見るほどぞ しばし慰む めぐり合はん 月の都は はるかなれども その去年の同じ夜に、 なつかしい御調子…