社会学者。1918年東京生まれ。比較社会学専攻。鶴見俊輔は弟。
津田英学塾卒業後、41年ヴァッサー大学哲学修士号取得。ブリティッシュ・コロンビア大学助教授をつとめたのち、66年にプリンストン大学社会学博士号を取得。 69年上智大学外国語学部教授、同大学国際関係研究所所員(69〜89年。82〜84年同所長)を経て、89年定年退職。上智大学名誉教授。 1995年に南方熊楠賞受賞。1999年度朝日賞受賞。 2006年7月31日死去。
事の起こりは、2月に出た本。 現代ラテンアメリカ社会を知るための47章 (エリア・スタディーズ 223) 作者:石田 智恵,林 みどり 明石書店 Amazon 上記の本に2章ばかり書かせていただいたので、いつも応援してくれる叔父に贈呈したところ、お祝いをしてあげようと言ってくださった。まだ一度も外で着ていなかった、叔父夫妻が見立ててくれた着物が手元にあったので、この機会に袖を通そうと思いたったのだった。四半世紀以上寝ていた着物… 着付けをほんの少し習ったことはあったが、自分で帯を結ぶ(結んで出歩く)勇気はなかったので、現地で着付けを予約。途中草履をスニーカーにはきかえたりしながら、何とかお祝い…
「一首鑑賞」の注意書きです。 yuifall.hatenablog.com 400.もう死にたい まだ死なない 山須臾の緑の青葉 朝の日に揺れているなり (鶴見和子) 砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで都築直子が紹介していました。 sunagoya.com ああ、と息をつきたくなるような歌です。祖母が毎日このようなことを言っていると母がこぼしており、母も年を取ってきて病気をしたこともあり、「おばあちゃんはいつまで生きるんだろう」と言ったりします。だって母は祖母の娘なわけで、先に死にたくはないですもんね。また母の友人にも若くして脳梗塞で片麻痺になり「早く死にたい」と言いながら生き続けている方がいて…
この「死」や「不安」については、わたしも少年の頃からずっと考え続けてきました。「死-不安」についてのわたしの今日までの問題意識や考えてきたことのいくつかを箇条書きに書き出してみることにします。現時点での考えです。〈死について〉一.死者をなぜ汚れとみるのでしょうか。「お清め」などと言います。塩をまきます。わたしは、母親の死を少年の時に経験しました。母親の死は決して汚れてはいなかった。大自然の成り行きです。死は(敢えて言えば、「神聖な」)未知の領域にあります。人間の好悪の及ぶところのものではありません。人間の好悪によって、(生誕と同様「神聖な」)死をそれこそ汚してはならないと思います。 「吾が然る…
今日は、北風が痛いほど冷たく吹いてきます。 その中を「ずんずんと冷え声明のこゑの中」*という俳句をくり返し声に出して詠みながら、スロージョギングしていました。そうしたら、だんだん調子が出てきて、一歩一歩の足の動きに合わせて、この句がリズムよく身体に響いてくるのです。 「ずんずんと」冷えた声明の声が北風と共に、走っている足に伝わってきます。走りながら、この身体のすみずみに沁み込んでくるこの感覚。この実感。これも、大自然の創造だなと思いました。この前の記事(「自由-平等-友愛-創造」)で書いた、あの大自然の「創造」-その成せるわざです。 また、ある日の散歩では、人との「言い争い」を思い起こしては、…
萎えたるは萎えたるままに美しく歩み納めむ この花道を 鶴見和子 「限界まで自力ためさんと決す」 鶴見和子・鶴見和子は、77歳で脳出血で倒れ、左半身不随になりました。「体が不自由になったことで、魂が自由になった」・「最高のハレだと思う。死というのは。 死ぬことほど晴れがましいことはないと思う。」・「どんな場合でも、人間は死ぬまで創造することができると思うんです。」・「病になって、はじめてゆったりとした時間を過ごすようになった。」・「すべての人が、自分の中に埋蔵資源を持っているんです。 その埋蔵資源を深くほりあげて、それに新しい形を与えていく。 それが創造というものなんです。」・15歳で佐佐木信綱…