宝永6年5月3日。文左衛門のところに瓦師1人がやって来て瓦を葺く。手伝と召使とあわせて5人がやって来る。杢兵衛と安右衛門が申刻(午後3時)からやって来たので酒と食事でもてなす。瓦の数は巻末に記す。未半(午後2時)頃、隼人正組200石里見杢右衛門が僕1人を連れて仲間の松平善左衛門のところに出かけたころ、座敷に入って座った後に喧嘩となり2人とも死んでしまった。互いに脇差であった。僕は喧嘩の音を聞いて玄関を開けようとしたが開かなかったので帰ってしまった。善左衛門は55才であった。顔に3、4ヶ所傷があり、左の手首の皮にも傷があった。傷はあわせて左の手に5ヶ所、腹に突き傷が2ヶ所、後ろには5ヶ所。腹の方…