歴史上、多くの大火が日本の都市を襲いましたが、中でも京都の街を焼き尽くした1708年(宝永5年)の大火は、未曾有の被害をもたらしました。この火災は「宝永の大火」として知られ、京の都は一夜にして焼け野原となりました。 1. 突然の炎、そして地獄の始まり 1708年3月8日(旧暦:宝永5年2月8日)、火の手は京都の油小路通姉小路下ルにある銭屋市兵衛宅から上がりました。当時の京の町は木造家屋が密集しており、ひとたび火がつけば燃え広がるのは時間の問題でした。 「最初は小さな炎だった。しかし、強風が吹き荒れる中、一瞬で炎は屋根を伝い、通り全体を包み込んだ」 と記録されています。特に、この日は西南の強風が…