民族の受難と抗日民族運動 日帝の植民政策 国権を奪った日帝は朝鮮総督府を設骰して植民統治を強行し、わが民族のアイデンテイティーを抹殺して日本に完全に「同化」させようとした。 1910年代に日帝は武断統治を行って言論、集会、出版、結社の自由のような基本権を剥奪し、独立運動を弾圧した。また、日帝は憲兵警察と憲兵補助員を全国に配置し、即決処分権を付与してわが民族を笞刑に処したりした。 3・I運動以後日帝はいわゆる文化統治を標榜した。だが、これは苛酷な植民統治を隠蔽しようとする術策にすぎなかった。憲兵警察制を普通警察制に変えたが、警察の数や装備など警察力はむしろ強化した。また、日帝は少数の親日分子を育…