サイコロショートショート

サイコロで出た目に従って辞書を引き、その単語でショートショートを書いてます

素直

 僕の彼女は素直だ。素直すぎる、と言っても良い。

「トイレ行って来る」
「どっか行こうよ」
「エッチしたい」
「暑い」
「寒い」
「オナラしちゃった。ゴメンネ」

 普通の女の子がちょっと躊躇ったり言いにくかったりする事でも、彼女は素直に、簡潔にぶつけてくる。

 今ではすっかり慣れたけれど、最初はそんな彼女に面食らったものだった。


 ところが今日の午後、彼女がちょっとおかしな具合になった。

 僕の家でご飯を食べた後、しばらく俯いていたかと思ったら、急にまくし立て始めた。

 「…ねえ、ひとつだけ聞かせて。本当に私の事好き?本当に?本当の本当に?本当の本当の本当に?もっと普通の女の子の方が良いって思ってるんじゃないの?だって面倒でしょ?大変でしょ?だったらいいよ。もういいよ。無理しなくていいよ。私はあなたが好き。世界一好き。でも、だからこそ、あなたの重荷になったり、あなたが私のせいで幸せになれないのなんて、私には耐えられないの!」

 彼女は肩で息をしていた。ぼろぼろ泣いていた。そして、真っ赤になった目で僕の目を真っ直ぐ見て、こう続けた。

 「ねえ、だからひとつだけ聞かせて。絶対に嘘はつかないで。どんな答でもあなたを恨んだりしない。――本当の本当の本当に、私の事好き?」

 僕は自分を恥じた。こんなに彼女の近くにいながら、彼女が「素直すぎる」事にこれほどの負い目を感じていた事に気付けなかった自分を強く恥じた。そうして僕は、力強くゆっくりと一つの仕草をしてから、車椅子に座った彼女を思い切り抱きしめた。

 その仕草は、僕がいちばん初めに覚えた彼女達の言葉。


 「愛してる」という意味の手話。

す-なお【素直】
①おだやかでさからわないさま。ひねくれたところがなく純真なさま。
➁くせがないさま。

※実は今回はストックから使ったのでサイコロ振ってません。むかーし2chで「素直すぎる」ってスレがあって、その時に書き込みしたものをリメイクしてストックしてました。
しかし当時のスレ、調べたら2006年でしたよ。もう9年も前。時が経つのは早いのう。

たまにはこういうのもいいよね。うん、いいことにしよう。

選ぶ

 …暑い。なんて暑いんだ。

 逃げ水がゆらめく暑さの中、僕は外回りの仕事に出ていた。

 連日の激務、給料の安さ、今日の憎らしい程の太陽の元気さ、昼間にふらりと入った中華料理屋の不味さ、これから会う得意先の横柄さ、先週の恋人との大喧嘩…。どれもこれも、頭をくらくらさせる事ばかりだ。

 せめて涼をとってから客先に入ろうと、コンビニでアイスを買って公園のベンチで食べていたら、棒の頭に「当た」の文字が見えた。おいなんだ、良い事もあるじゃないか。食べ終わって改めて棒を見ると、「当たり!選べます!」の文字が。

 …ん?選べます?普通「当たり!もう一本!」とかじゃないのか?それとも好きなアイスを選べるって事か?

 不思議に思ってアイスの袋を見ると、こうあった。

『当たった方、おめでとうございます!あなたは人生の岐路に戻って、自分の好きな選択をすることが出来ます。また、結果が気に入らなかったら、「今」に戻ってくる事も出来ます。しかも記憶を持ったままです。何度でも岐路に戻って、何度でも選ぶ事が出来ます。やり方は簡単です。当たりの棒を握って、その時と選択肢を思い浮かべるだけ。あと、当たりの棒は過去に戻っても握ったままになっていますから、それを大事に取っておいてください。選択肢が間違いだった時に当たり棒を握って「この時間に戻りたい」と思えば、いつでも「今」に戻ることが出来ます。どうか、あなたにより良き人生が訪れますように』

 なんだこれ。誰かが悪戯でも仕込んだのか。どっかで隠しカメラで見ているのか。まあでも、一生に一度くらいドッキリ番組みたいな物に撮影されて、TVに映ってみるのも悪くない。

 そう思ってわざとらしく棒を両手で握って目を瞑り、ついでにあの時の事を考えてみた。

 すると、「おい!」と鋭い声が飛んできた。なんだ、折角引っ掛かってやったのに随分荒っぽいTV屋だな。

 睨んでやろうと目を開けると、目の前に親父のしかめ顔と怒鳴り声が現れ、びくりとのけぞった。

 「おい!聞いているのかヒロシ!何だその棒は!何が歌手になりたいだ!だいたい音楽の成績が悪いお前がくどくどくど…」

 …おいおい、マジだったよコレ。本当に「あの時」に―――親父に説教されて音楽を諦めた十年前のあの時に、戻っちまった。

 ああ、親父、まだ髪の毛真っ黒だな。お袋、まだ皺が少ししかないな。弟は――相変わらず修羅場の隣でもゲームしてやがる。ああ、この時まだ猫生きてたんだっけ。

 おっと、感傷に浸ってる暇はない。だったら、選ぶのは『こっち』だろ。

 「親父、僕の選ぶ道は歌手じゃないよ」

 「お、おお。そうか、やっとわかってくれたか」

 「今は…アーティストって言うんだっ!!」

 ――それから十年、親父とは口を聞くことは無かった。音楽の道も箸にも棒にも掛からなかった。ふと気づけば、あの当たり棒を手に入れたあの日。志す道も日々の生活も、何一つままならない。余裕が無いからアイス一つ買えない。恋人もいないから喧嘩すら出来ない。

 こんな事なら、前の方がマシだ。

 そう思って、例の当たり棒を握った。

 そして「今」に戻った僕は、また別の人生の岐路を思い浮かべた。

 で、結論から言うと、僕はそれを何度も繰り返すことになった。

 小学校の修学旅行での班を選んだ時、中学校で部活を選んだ時、高校を選んだ時、大学を選んだ時、会社で配属部署希望を聞かれた時、友達から起業話を持ち掛けられた時、恋人を選んだ時…。とにかく思い付く限りの二択三択の場面に戻ってやり直した。

 が、どれ一つとして巧く行かない。結局行き着く所は「今の方がマシ」。何が『あなたにより良き人生が訪れますように』だ。ふざけるんじゃない。それとも僕の人生は結局巧く行かないように出来ているのか。何十回目かの「今」に戻って公園のベンチで頭を抱えた。まったく、頭がくらくらする。

 どうしたら今より良くなれるのか。どうしたら、どうしたら、どうしたら…。

 すると、頭の中で火花が散った。そうか!こうすればいいんだ!こんな事に気づかないなんて、僕は本当に馬鹿だ。

 さっきのコンビニに入り、当たり棒をアイスと引き換え、急いで食べた。果たして、無地の棒が現れる。はずれだ。素晴らしい。

 ああ、今日は何て良い日なんだ。

 「はずれ」続きだったと思っていた人生が、実は「あたり」続きだった事に気づけた。これからは、どんな選択にも自信が持てる。どんな結果も受け入れられる。

 そんな人生を送れる人が、世界にどれだけいるっていうんだ?


サイコロの出目 116-14

【選ぶ】
①多くの中から意にかなうものを取り出す。える。
➁選び集めて書物を作る

 

交情

「……あーもう!馬っっっ鹿じゃないの!?あいつ!」

 今日、あたしは部屋で一人そう叫ぶ羽目になった。

 話の最初は1年前、中学2年の3月にさかのぼる。

 隣の席に座ってた男子が、転校することになった。成績も普通、スポーツも普通、見た目も普通。地味でパッとしない奴だったけど、席も近かったし、教科書を見せて貰ったり見せてあげたり、消しゴムやシャーペンの芯を貸したり貰ったり。ちょっとテストの話や先生の噂話したり。ああ、そういえば友達の持ち物に小学生みたいな悪戯を仕込むのが好きだったわね。そういえば、そう。

 でもそんだけ。べつに特別な関係になんてならなかったし、なるつもりもなかった。ただのクラスメイト。あいつは悪戯にしか興味無いみたいだったしね。

 で、そいつったら学校に来た最後の日に、大きな紙袋を持って来たの。
「1年間ありがとう。本当に楽しかったです。皆さんとの交情の証に、記念品を持って来ました」だって。何よコウジョウって。やたらと小難しい単語を使うのがこいつの悪い癖。交情ってちょっとエロい意味もある事わかって使ってるのかしら。わかってなさそうね。それに、こういう時って見送る側が餞別を渡すのがフツーじゃない?ちょっとズレてるのよねえ。

 そうしてクラスの一人一人に手渡されたのが、今私の目の前にある、普通よりちょっとだけ高そうなボールペン。これが冒頭の台詞を叫ぶ羽目になった元凶ってわけ。

 あたしはこのボールペンを日記を書くのに使ってた。今日インクが切れて「あ、明日芯を買って来なきゃ」と思って、芯の型番を確認するために中を開けたら、とんでもない物が入ってた。あーそりゃ叫ぶよ。叫びますよ。

 あんた、あたしがこのボールペン使ってなかったらどうするつもりだったのよ!

 もしあたしがお店でこのペン開けてたら、どんだけ恥ずかしい思いしたと思ってんのよ!

 何この丸まった紙切れ。あたしの名前宛で、あんたの携帯番号と名前と、「ずっと好きでした」ってだけ書いてあるこれ!

 おっそい!おっそいよ!ラブレターにしては遅すぎるよ!届くまで1年って!下手すりゃもっと掛かってたかも知れないし!

 どんだけ?今時どんだけ奥手なの?あるいはリスクを好むギャンブラーなの?いや奥手ね!あと悪戯好き!知ってた!

 ホント信じらんない!何考えてんの?

 あたしがあんたの事好きじゃなかったら、あんた今頃滅茶苦茶イタい子になってたってわかってんの!?

 今から電話?するわけないでしょ!引っ越し先はウチからたったの6つ駅向こうだし、しかも明日は土曜日!いきなり駅前まで行って電話する!そんで直接会って、あんたが手紙でしか言えなかった事を、あたしは言葉で言ってやる!

 今度ビックリさせるのはこっちの番なんだから!

サイコロの目 372-18

こう-じょう【交情】
親しいつきあいに伴うあたたかい気持ち

ビショップ

 いま僕らが戦っている相手は馬小屋ほどもある巨大な蟹のモンスター、ギガントクラブ。
甲羅が恐ろしく固く、鋭いハサミを信じられないスピードで振り回してくる強敵だ。

すると、
「…ちくしょう!やられた!回復頼む!」
戦士がそう言って脇腹に深い傷を負って後衛の僕の所へやってきた。僕の出番だ。
僕はすかさず回復魔法を唱える。
「アーク・マヒテ・レムファーレ。大地と大気に潜む癒し手たちよ、ひと時ここに集いて、かの者の傷を癒したまえ…」
戦士の体を柔らかな光が包み、徐々に傷が癒えていく。
「サンキュー!じゃあ行ってくるぜ!うおおおおお!」
光が消えるか消えないかというタイミングで、敵に向かって突進していく戦士。
彼は再び前衛に加わり、戦闘に参加した。

 ややあって、ようやく巨大蟹の動きが止まった。どうやら、僕らのパーティは今回もモンスターを倒す事が出来たようだ。

 僕らは最終目的地である魔王の城へ向かって、再び歩を進める。

 僕らのパーティは6人。戦士(ファイター)、騎士(ナイト)、侍(ソードマン)、僧侶(ビショップ)、魔法使い(メイジ)、弓使い(アーチャー)。
 直接攻撃をする前衛が3人、遠隔攻撃や魔法を受け持つ後衛が3人。職業だけで見るなら、ごくごく一般的なバランスの取れたパーティ、という奴だ。
 「職業だけで見るなら」というのは、実はうちのパーティはちょっとバランスが悪い。具体的に言うとトータルの攻撃力は高いのだが、本来僧侶が受け持つ回復系・補助系魔法の種類が今一つ少ない。まあ、それは僕のせいでもあるのだけれど。事実今日、僕はもう後1回分くらいしか回復魔法を唱えられない所まで、既に魔力を使ってしまっている。

 早い所次の町で休んで魔力を回復しないと。こんな状態でまた強い敵に会ったら……と思った途端、首筋に生暖かい呼気を感じた。まずい!バックアタックだ!

 振り向くと虎のモンスター、サーベルタイガーがその爪で僕を袈裟に引き裂こうとしていた。ああ、これ死んだな…そう思った瞬間、
「どけええええい!」
と矢のように飛んできた仲間にぶっ飛ばされ、僕の体は軽く宙を舞った。

 彼は左腕で僕を突き飛ばし、そのままサーベルタイガーの横っ面に全体重を乗せた右拳をめり込ませていた。そしてそのまま虎の首をつかんで火花が出るような頭突きをかまし!更に左アッパーを顎下に打ち込み!のけぞって露わになった鳩尾に砲弾の如き中段突きを叩き込む!ところが虎のよろめきつつも放った爪の一撃が彼の胸に深い傷を負わせていた!

 荒い息を吐き、距離を置いて対峙する仲間と獣…いや、獣2頭か?すると、僕らの仲間の方の獣が吠えるように魔法を唱えた。

「アーク・マヒ…あーもう面倒くせえ!とにかく癒せッ!」

 …もう魔法じゃないよソレ。という僕の思いとは裏腹に、彼の体を激しい光が包み、ギュンギュン傷が癒えていく。

「ぃよぅし!行くぞおおおおらああ!」

再びぶつかり合う彼ら。他の前衛メンバーも合流し、戦いは続いた。

そして数分の後。
虎を踏んづけて得意げにマッチョポーズを取る仲間の獣が、僕に話しかけてきた。
マジか。人語をしゃべりやがる。

「よう、大丈夫だったか?お前も俺みたいに体鍛えないとイカンぞ!本来お前が前衛なんだからな!ガハハハハ!」

僕は
「そうですね、ハハハ…」
と力なく笑いながら、こう思った。

(助けてくれたのは有難いけどさー。ホント、魔法の素質あるんだからガチンコ肉弾バトルやってないで、ちゃんと僧侶の仕事やってくんないかなー。おかげで僕は侍のはずなのに慣れない回復魔法覚えるのが大変で、全然剣技の方修行できないもんなー。……あ、さっき突き飛ばされたせいで、足首捻挫してるわ。…あーもういいや、自分にかけちゃえ。アーク・マヒテ……)

 柔らかな光が僕を包んだ。


 

サイコロの目 954-29

ビショップ

キリスト教の最高聖職者。カトリック教の司教。プロテスタントの監督。ギリシャ正教の主教・僧正。


 

別後

 「へえ、隊長は案外ナルシストなんですね」
 安物の煙草の匂いと共に俺が眺めてる写真を覗き込んできたのは、古参の同志の一人だ。

 政府軍の奴らのお祭り騒ぎみたいな攻撃が一段落したと思ったら、今度は俺たちレジスタンスの中で一番お喋りな男が来やがった。全く、俺はいつ休めばいいんだ?

「ん?……ああ、こいつはそんなんじゃねえよ」
「だってそれ、隊長の若い頃の写真でしょう?確かにイイ男かも知れませんが、俺の若い時ゃあ、それはそれはもう大変なもので…」
面倒なので遮って答える。
「だからそんなんじゃねえって。これは俺の双子の兄貴の写真だ」
「兄貴?ああなるほど。でもしみじみ見てるって事は、もう死んじまったんですか?」
「生まれた村が戦闘に巻き込まれた時、散り散りになってそれっきりだ。別後はずっと会っちゃいない。多分生きちゃいないだろ。親父とお袋もその2年前に炭になっちまってたしな、『いつか絶対、俺たちの力で平和な国にしてやる』それが俺たちの口癖だったよ」
「そうですか…それじゃあ、」
と奴が言いかけたその瞬間、轟音が響いた。政府軍の奴ら、また騒ぎ出しやがった。

 俺が立ち上がった時には、お喋り野郎は既に二歩目を踏み出していた。口数は多いが同じくらい手足も動く。俺がどうにかレジスタンスの部隊長なんてものをやれているのは、こういう連中のおかげだ。

 だが、この戦争ももう終わる。今日の戦闘がおそらく分水嶺だ。勝った方に一気に流れが傾き、俺が鼻たれ小僧だった頃から続いていたこのクソ内戦も程なく幕になるだろう。いや、そうなるようにしてきた。そうなるように部隊長へ登り詰め、そうなるように死にもの狂いで戦ってきた。これ以上、俺たちみたいな兄弟が生まれないように。

「さあ、行こうぜ兄貴」
いつものように呟くと、俺は爆音渦巻く鉄火場の中へ駆け出していった。


 −−どれくらい経っただろう。

 わかるのは、この戦闘が負けに終わったという事と、俺がもう助からないという事。あとは、大の字になって大地に還っていくのを待つだけ。内戦は政府軍の勝利に終わるだろう。もちろん悔しいが、クソ内戦が終わるのには変わりない。

 と、思ったら政府軍の制服野郎がじりじりと近づいてきた。銃を携え、じっと俺を見下ろしている。エリートさんの経験値稼ぎか。それもいい。楽に死ねる。

 「殺せ。よく狙えよ」
俺は目を閉じ、その時を待った。

 ところが、中々福音は響かない。

 俺は目を開け、目を凝らし、状況を理解した。そしてゆっくり目を閉じ、こう言った。

「……泣く事ないだろ?もうすぐ俺たちの望み通りじゃねえか、兄貴」

サイコロの目 026-10

べつ-ご【別後】
わかれてからのち

官印

「おい馬鹿っ!おめえ何灯りつけてんだよ!」
いかにも卑しい顔立ちの、鼠のような風情の小男が、小さな声で隣の大男を叱り飛ばした。
これまた育ちとおつむの出来が悪そうな髭面の大男は、びくりとその図体をこわばらせつつも
「だってよう兄貴、こう暗くっちゃ足元が見えねえよう」
と、消え入りそうな声で抗議した。

王宮の裏庭、所々の茂みに隠れながら、二人の忍び足とひそひそ話は続く。

「いいか、おめえの血の巡りの悪いデカ頭にもわかるように、兄ちゃんがもういっぺん説明してやる。10回目だと思うがな」
「うんうん」
「まず、この国の話だ。この国は治安が良い。俺達みたいな流れ者でならず者なんて、ほとんどいないらしい。そのせいか、人も多いし、ここらの他の小国に比べりゃ断トツで景気もいい」
「うんうん」
「だがな、それにゃあウラがある。王様が持ってるハンコが、すげえ魔力を持ってるんだ」
「ハンコ?」
「そうだ。水晶の官印って言うらしい。水晶玉がついたハンコでな、代々この国の王様に伝わっていて、望めばどんな事だって叶うんだ。無能な王様はこれの魔力でこの国を良ぉ—くお治めになってる、って寸法さ」
「すごいよ兄貴!」
「その『すごいよ兄貴!』を聞くのも10回目だと思うがな…。まあいい。とにかく俺達は今まさに、それを頂きに夜中の王宮に忍び込んでる所だ。さてそんな時に、だ。『泥棒はここにいますよー』って灯りを点けて知らせる奴がいるか?」
「…いないよう、いるわけがないよう」
「お前なあ…。まあいい、わかったらさっさと行くぞ」
と、前に向き直った二人の前に、いつのまにか衛兵達が立ちはだかっていた。その内の一人、長とおぼしき衛兵がこう告げた。
「なかなか面白い寸劇だったので刑を減じてやりたいところだが、そうもいかん。なにせあの王様を無能と言った罪が加わるのでな。良くて明日の朝縛り首、と言った所か」
「…悪くて?」震えながら小男が問う。
「そりゃあお前、明日の朝日も見ずに縛り首だろ」
と答え、彼は人の悪い笑みを浮かべた。


翌朝、事を終えた衛兵長が王様の前へ歩み出た。
「王様、報告いたします!昨日捕まえたコソ泥は2人!これで今月の逮捕した泥棒の数は計14人になります!」
「うむ、ご苦労。しかし水晶の官印を狙ってくる輩は後を断たんのう。今後もよろしく頼むぞ」
「はっ!」


自室に戻り、清水のように澄んだ水晶玉がついた官印を取り出し、王様は独り言を言った。
「あいも変わらず、これにすごい魔力がある、という噂を流すだけで、悪い奴等が勝手にぞろぞろと捕まりに来てくれるわ。これならわが国の治安も良くなろうというもの。いや、まったく役に立つ物じゃな、これは。」
そうして、水晶玉のように見事に禿げ上がった頭を、ぺちり。

サイコロの目 227-85

かん-いん【官印】
一. 官庁・官吏が職務上使う印。⇔私印
二. 昔の、太政官の印。

登竜門

 黄河にある龍門という恐ろしく長く、激しい急流。鯉はそこを登り切ると龍になるという。

 ある日、遂に一匹の鯉がそこを登り切った。

 鯉の目の前に天から一条の光が差したかと思うと、それはみるみるうちに龍の形を成した。龍神である。


龍神、曰く「よくぞこの龍門を昇り切った。お前は今日より我が眷属として天を駆けるが良い」

鯉「龍になったら、空を飛べるのですか?」

龍神「空だけではない。水の中でも今とは比べ物にならぬ速さで泳げるようになる」

鯉「龍とはそんなにすごい生き物なのですか?」

龍神「それだけではない。強い雷や風を起こす事も出来る。つまりは鯉よりもずっと格の高い生き物に生まれ変わる事が出来るのだ」

鯉「…ならば、私はこのままで構いません」

龍神「何故だ?お前は龍になりたくてこの龍門を越えてきたのではないのか?」

鯉「いいえ、龍神様。私は急流を登りたくてここに至っただけのただの鯉です」

龍神「何と。ではお前は龍になりたくないと言うのか?」

鯉「だって龍になってしまったらこの急流もひとっ飛びなのでしょう?私は、そんなのは面白くありません。私は流れと戦いたいのです。そして勝ちたいのです。勝てるとわかっている勝負など、私にとって何の意味もありません」

龍神「ううむ、変わった奴だ。しかしお前がそう言うのなら好きにするが良い。では何か願い事は無いのか?代わりといっては何だが、わしに出来る事なら何でも叶えてやろう」

鯉「では龍神様、こうするのはどうでしょうか…」


それから少し後、天上界で一つの噂が囁かれるようになった。

東の方にずいぶん変わった龍神がいて、度々鯉の姿に戻っては、ある一匹の鯉と競うように龍門登りに興じている、と。

サイコロの目 809-50

とう-りゅうもん【登竜門】
立身出世の関門。出世のきっかけ。各種の選抜・資格試験・芸能界の選やコンクールにいわれることが多い。竜門は黄河の上流にある急流で、鯉がこれを泳ぎ登ることができれば竜になるといわれたことから出た語。