企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2018-05-26

[][]ありがちなニッポンの反応〜GDPR“プチ”祭りに思う。

年が明けた頃はまだ知る人ぞ知る、の域を出ていなかった欧州発の「GDPR」だが、ここに来て俄然盛り上がってきた。

これまでもちょこちょこと軽いジャブを打っていた日経紙は、24日の朝刊で何と1面にデカデカと「EUデータ新規制 国内企業8割が対応未了」という見出しの記事を掲載。

良く中身を読むと、GDPR(というか欧州法律にすべからく共通する)ルールの不明確さが強調されていたり*1、「どこまで対応しようとしているかきちんと説明できれば、いきなり多額の制裁金を科せられる可能性は低い」というIIJのビジネスリスクコンサルティング本部長のコメントが紹介されていたり、と、一方的に対応の遅れを非難するような記事ではさすがにないのだが、それでも、

「流出問題の大きさなどによっては制裁を回避できるとは言い切れない。専門家は「できる限り早く体制を整備すべき」と口をそろえている。」(日本経済新聞2018年5月24日付朝刊・第15面)

と、最後はやっぱり煽っている・・・(苦笑)。

自分は、この問題に関しては、

EU域内に限定した話だと思っていた」

とか、

GoogleFacebookのような一部の巨大インターネット企業に向けられた法律だと思っていた」

といった(記事の中では、一種Disられている)感覚の方が正しいと思っていて、欧州向けの通販サイトや情報サービスサイトを持っていない会社がわざわざコンサルに大金を講じて対策を依頼するのは愚の骨頂だし、仮に欧州向けのサイトや、欧州域内の事業拠点を持っている会社であったとしても、取得した個人情報を取引の処理以上の目的に使用せず、システム上も一通りのセキュリティ対策が講じられているのであれば、基本的にはこれまで通りの対応で何ら問題ないと思っている。

そもそも、Personal Dataの取扱いなんて、当の欧州の中ですら、米国発のインターネット企業を目の敵にする一部の市民運動家以外は、さしたる関心を持っていない分野の話*2。1年くらい前に、現地の法律事務所に別件ついでに感触を聞いてみた時も、反応はびっくりするくらい冷静だった。

今回の件に限らないが、情報源が限られている“海外発”の概念とか法律が出てくると、ごく一部の“有識者”がしゃしゃり出て、自分のポジションから好き勝手煽る、そして、それを真に受けたメディアがそれを拡散して、本来であれば全く縁のないような人まで騒ぎ出す、というスパイラルが始めることがこの日本という国では実に多い。

そして、今回のGDPRの件にしても、そのうち「全てのWebサイトCookieを通じた情報取得の同意画面ポップアップを設定しないといけない」*3とか、「EU域内から日本にやってきた外国人から個人情報を取得する時は、他の国の人の分とは異なる厳格な同意フォーマットにサインさせないといけない」*4とか、挙句の果てには「欧州に出張して名刺交換するときは、相手から個人情報取得の同意書面をもらわないといけない」*5とかいった話まで出てくるのではないか、と、ワクワク(?)しているのだが、果たしてどうなるか。

あまりに複雑かつニッチな分野ゆえに現在は“プチ”に留まっている祭りが、何かの弾みで大きなお祭りにならないことを、自分は心の底から願っている。

*1:なお、記事の中では、GDPRを「日本の規則と比べものにならないほど細かく、複雑」と評しているが、本文にはほとんど書かれていないことを複数のガイドラインで規定し、かつそのガイドラインも一読しただけではよく分からない、という意味での規制体系の「複雑」さはその通りだとしても、「細かい」というのはミスリードのような気がする。少なくとも日本の規制当局のガイドラインの方がよほど細かく、融通が利かない(それに比べればGDPR自体は、規制というには非常にアバウトなものだ)と自分は思っている。

*2:当事者である著名なインターネット企業に対しては、発効初日から早々に訴訟提起の動きも出ているようだが、そこまでされるほど欧州で名の通ったインターネットビジネス事業者は、日本企業の中にはほぼ皆無、というのが現実である。

*3:少なくとも日本語のサイトにこのような対策を講じる必要はないし、英語サイトでも欧州からのアクセスがほとんどないようなサイトについてまで対策を講じる必要は全くない、と思っている(下手に見慣れないポップアップ画面など設けた日には、あちこちから苦情が殺到しても不思議ではない。

*4:これは「域外適用」の考え方についての誤解で、あくまでGDPRは「EU域内にいる者」を対象にサービスを提供する場合の個人情報の取扱いに網をかける法律だから、日本に入国した後に自社のサービスに接するEU在住者への特別な対策は本来不要である。

*5:全世界的に煽り的な営業をしているコンサルや一部の法律事務所ですら名刺交換については事実上スルーしているように見える。当地の実務家の感覚によれば、「そんなこと法律に書くまでもない常識でしょ」ということらしいが、いずれにしても、「例外規定がない限りクロ」という日本のコンプラ頭で海外の法令を読み解いて対策を講じようとするのは、労多くして実りなし、である。

2018-03-11

[][]早すぎる時の流れの中で 〜7度目の「3・11」

ここ数年、3月に様々な出来事が集中していて、ブログもろくろく更新できないことが多いのだけれど、そんな中でもこの3月11日だけは必ず何か一言は残すようにしている。

ついこの前のことのように思い出されるあの日から、1年、2年、3年・・・と確実に時は過ぎ、とうとう数えてみたら「7年」。

自分の仕事は、あの頃も今も本質的に大きくは変わっていないし、身の周りの環境にも大した変化はない。

それゆえに時の流れを感じようがなかった、といえばそれまでなのかもしれないが、震災後のよもやまにいろいろとかかわってきた者にとっては、「消滅時効特例法」が可決されて「3年→10年」になった時の安堵感*1もあと3年しか続かない、ということに、少なからぬ衝撃を感じている。

毎年「被災の爪痕」を伝えてきた各メディアでも、日経紙が1面に「(被災都市が)中心部をコンパクトに再建」という記事を載せたように*2、かなり前向きなムードが前面に出ているのは確か。

忘れ去られ、消え去るよりは、前向きなニュースとして取り上げられる方が地域にとってもメリットは大きいのかもしれない。

ただ、どれだけ時が経っても、かの地には、未だ様々なもやもやが渦巻いている。

そして、そういった感情、魂の部分を抜きにしても、「災後処理」がまるで終わっていない分野がある、ということは、決して忘れられてはいけないと思っている。

金銭では取り戻せないものがある以上、どこまでいっても「完全な賠償」というものはあり得ないのかもしれないけれど、せめてそこに少しでも近づけるように。

そして、“フクシマ”という限られた地域に対してだけではなく、日本という国そのものに痛すぎる爪痕を残したあの事故の教訓を決して風化させないようにすることは、自分も含め、災後を生き続ける全ての者に課せられた義務、だと思うのである。

*1:当時のエントリーは、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20131227/1388593404

*2:個人的には、取り上げられた地域の市街地の姿(「中心部」といっても、人が暮らすために活用できるエリアは決して広くなく、昼夜に賑わっているエリアは極めて小さい)も目に焼き付いているだけに、「人口密度が増えた」といったところで統計誤差の範囲内のレベルに過ぎないでしょう・・・という溜息はどうしても出てきてしまうのだが。

2018-01-09

[]再びの「夫婦同氏強制」違憲訴訟の行方

2015年末に「民法750条合憲」の最高裁判決が出た時は、やっぱりな、という感想しかなくて、それ以上何かどうかしなくては、などとは全く思いもしなかったのだが、ここに来て、また勇気ある人々が現れた。

「結婚時に夫婦別姓を選べない戸籍法は法の下の平等を保障する憲法に反するとして、ソフトウエア開発会社「サイボウズ」の青野慶久社長(46)ら4人が9日、国に計220万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。夫婦別姓を禁じる民法の規定を合憲とした最高裁判決から2年。結婚後の姓を巡り、再び法廷で争われる。」(日本経済新聞2018年1月9日付夕刊・第10面)

昨年末にNHKでも取り上げられていて、いつ提訴するんだろう、と思っていた矢先の話。

原告を代表しているのが、数年前に育休取得で話題を集め、最近では「働き方改革」にも物申す等、一家言持つ経営者の方ということもあり、さすがだな、という思いは強い。

純粋な法律論の観点からすれば、「そもそも戸籍法って、民法の人事関係規定の施行法のような位置付けの法律ではなかったっけ?」という素朴な疑問も当然出てくるところだし*1、平等原則違反の根拠として、

「日本人と外国人の結婚・離婚や、日本人同士の離婚の場合は戸籍法にもとづいて姓を選べるのに、日本人同士の結婚では姓を選ぶ規定がない点」(同上)

を挙げているのも、ちょっと筋が悪い気がする*2

ただ、先の最高裁判決の際の原告側主張のように、「男女不平等(女性差別)」を前面に出して争ったところで、法廷で「夫婦同氏強制」の壁をぶち破ることは到底できない*3から、ここで、男性である青野社長自身が前面に出て、より本質的な問題である「社会的な不利益」を全面に押し出してきた、というのは、問題提起としては大きな意味があるのではないかと思っている。

裁判官が通称使用で判決を書ける時代になったとはいえ、やっぱり、傍で見ていて、「事実上の」ものに留まらない不利益はたくさんあるように思うので。

もちろん、戸籍法に縛られない生き方*4を選択してしまえばそれがある意味最強(笑)なわけだし、違憲判決や法改正を待つまでもなく、それが氏名と相互の独立性を維持したまま生き続けるための最も簡単で手っ取り早い方法だと自分は思っているのだけど、誰もが同じことをできるわけではないことも十分承知はしているだけに、今は良識ある人々の賢明なる判断によって事態が好転することを期待したい。

*1:戸籍法第14条1項の規定(戸籍上の氏名記載順序に関する「夫婦が、夫の氏を称するときは夫、妻の氏を称するときは妻」という規定)や、同法第74条1号の規定(婚姻時の届出事項として「夫婦が称する氏」とする規定)等を見る限り、民法750条の規定が当然前提となっているように思われるし、その民法750条が合憲と認められているものである以上、戸籍法にその例外規定を置かないことが違憲か、と言われると、???という気になってしまう。

*2:外国人との結婚の場合、そもそも外国人が日本の戸籍に組み込まれるわけではなく、あくまで事実上記載されるだけだと思うし、前提となる日本の民法750条も適用されないのだから、日本人同士の婚姻の場合とは前提が違いすぎるように思う。

*3:だって、法律のどこにも「妻が夫の姓に改めなければならない」とは書かれていないのだから・・・。また、今、事実上そうなっているからといって、未来永劫そうとは限らないわけで、将来的には、夫が妻の姓に合わせるのが主流になることだって考えられるのだが、そうなったらもう同氏強制でもいいよ、ということにはならないはずだ。

*4:要は婚姻届を出さないまま夫婦関係を継続する、ということ。

2018-01-08

[][][][]正月のスポーツ中継を眺めながら眺めた論文。

毎年のことだが、この時期は、様々なスポーツイベントが目白押しである。

元旦にニューイヤー駅伝とサッカーの天皇杯、2日、3日に箱根駅伝を見て、そこからしばらくは高校サッカー、ラグビー、そして最近定着した春高バレーが続き、「成人の日」までには大体ピークを迎えて大団円・・・という感じで。

今年は、成人の日が早いタイミングで巡ってきたせいか、高校サッカー、ラグビー、バレーボールの決勝が全て同じ日、ということになってしまい、しかも、競馬開催日にもかち当たる、ということになってしまったため、TVチャンネルの高速切り替え技術を駆使する羽目になったのであるが、まぁそれでも、サッカーの試合だけはきちんと見られたのが何よりだった*1

で、そんな中、タイミング良く(?)昨年末に届いた『ジュリスト』1月号に目を通すことができた。

ジュリスト 2018年 01 月号 [雑誌]

ジュリスト 2018年 01 月号 [雑誌]

単に表紙に色が付いた、というのみならず、巻頭から新連載で「債権法改正と実務上の課題」という待ちに待った企画*2が始まる等、相当読み応えのある新年号だったのだが、毎年この時期恒例の「知財」の特集が「スポーツビジネスと知的財産」というテーマになっているのがまた興味を引く*3

そして、その特集の中でも、特に、池村聡弁護士が書かれた「プロスポーツと放映権」という論稿*4は、ひときわ光を放っていた。

この論稿は、

「スポーツビジネスにおいて重要な取引対象となっている『放映権』と呼ばれる権利を巡る法的問題について、我が国のプロスポーツビジネスを念頭に、若干の検討を行うもの」(前掲42頁)

であり、「放映権」の法的性質、根拠から丁寧に解説を加えているのだが、池村弁護士は、まず法的根拠を解説するくだりで、通説とされている「施設管理権説」(会場の施設管理権に法的根拠を求める見解)をバッサリ切って、「主催者説」(費用、リスクを負担してスポーツを主催(実施)すること自体に法的根拠を求める見解)を支持する姿勢を明確にしている。

そして、その帰結として、第三者による無許諾撮影に関しては、以下のような形で権利行使が可能、としているのである。

「主催者説によれば、一般不法行為(民法709条)が成立すると解することにより、こうした行為が損害賠償請求の対象となるとの構成が可能である。知的財産権侵害が成立しない場合における一般不法行為の成否に関しては、諸説あるところであるが、これを限定的に考える見解によっても、一定の違法性の強い行為に対しては、不法行為の成立を認める。」

「スポーツイベントの主催者は、多額の会場費や賞金その他の各種運営費を負担し、大きなリスクを取ってそのスポーツを実施するとともに、放映権取引によって収益を上げているところ、かかる利益は既存の知的財産権とは異なる法的利益である。そして、主催者に無断でスポーツを撮影し、広く配信等することは、その態様によっては主催者の利益を侵害する違法性の強い行為であると評価され、不法行為の成立を構成するものと理解される」(46〜47頁)

北朝鮮映画事件の最高裁判決を引きつつ、「特段の事情」に該当しうる、と断言するこの強気さには心底ほれぼれするし、実際、あの判決に風穴を開けられるとしたら、高額の対価が動く「スポーツ放映権」くらいだろうな、というのは、自分も思うところ。

もちろん、自分が全面的にこの意見に賛同しているか、といえばそうではなく、「主催者説」&「一般不法行為」の構成だと、池村弁護士が問題にしているような「高画質な無断撮影映像を多くの者がアクセスするサイトで配信する行為」に対して差止請求権が行使できないではないか、という突っ込みがあるし、そもそも、そういった無断配信によって放映権の取引額に影響が生じるような事態にでもならない限り、因果関係のある損害を観念できないのではないか*5、という疑問も抱いている。

スポーツ中継の実態を踏まえれば「主催者説」の方が馴染むのは間違いないとしても、エンフォースメントまで考えると、主催者(施設管理者)側が約款で一方的に「無断撮影/無断配信禁止」といった契約条件を付すことができ、それに基づく行為差止めや約定額の賠償請求まで(やろうと思えば)やることが可能な「施設管理権説」の方が遥かに使い勝手が良いはずで、

「試合会場に立ち入ることなく施設外から行われる(施設管理権を侵害することなく行われる)撮影等」(前掲46頁)

を警戒するがゆえに、法律構成まで変えてしまうのは、いささか気が早いようにも思えてならない*6

ただ、こういう刺激的な論稿を読んだ後にスポーツ中継を見ると、また一段と味わいが増すわけで、主催者ロゴの入った映像に直接・間接(あまり大きな声ではいえないが・・・)に触れる機会が多い五輪、W杯イヤーとなればなおさら、なので、ここは感謝の意を込めてご紹介させていただいた次第である。

*1:ゴールポストまで味方に付けた流経大柏の堅守に惚れ込んで熱を入れて見ていたのだが、それを最後の最後で打ち破った前橋育英の執念には、心の底からこうべを垂れるしかない。

*2:第1回は、中井康之弁護士が道垣内弘人教授、能見善久教授と対談する、という始まりになっているのだが、なかなかディープなところまで突っ込まれている良い対談になっているので、次回以降に益々期待が高まるところである。

*3:唯一気になるのは、執筆者が特定の法律事務所に偏っているように感じられたところだが、そこはご愛嬌、ということで。

*4:池村聡「プロスポーツと放映権」ジュリスト1514号42頁(2018年)

*5:要は、その無断配信サイトが相当長期間定着し、テレビ中継やインターネット配信の視聴率が下がった→結果的に放映料も低下した、ということにならない限り、訴えたところで制裁としての実効性のあるような賠償支払義務は負わせられないのでは?ということ。

*6:池村弁護士は「ドローン」による撮影等を想定されているようであるが、会場内にドローンを侵入させて撮影するような場合であれば、本人が施設外にいようが、「施設管理権」に基づくコントロールは可能だろう。また、高精度の機材を用いた施設外からの遠隔撮影も理屈の上では可能だが、そうやって撮影された映像が、鑑賞に堪えるだけの臨場感を持ったものになるほど技術が進化した時代であれば、「施設内で撮影された映像」にも更に異なる付加価値が加えられているはずで、結局のところ、公式映像が「施設管理権の及ばない環境下で撮影された映像」に市場を侵食される日が来る、という想定自体がどうにもしっくりこない。

2017-12-29

[][]「相続登記の義務化」は事態を解決できるのか?

債権法改正もようやく軌道に乗り、家族法改正も大詰めを迎えている中、今年に入ってから「物権法」に関わる法改正の動きが浮上している。

元はと言えば、こんな狭い国なのに、土地建物が効率的に利用されていないのではないか、という問題意識に起因する話で、既に研究会が立ち上げられていたことは承知していたのだが、そんな中、この年の瀬になって政策の方向性を頭出しするようなアドバルーン記事が、日経紙に連日掲載されるようになった。

「政府は所有者不明の土地や空き家問題の抜本的な対策に乗り出す。現在は任意となっている相続登記の義務化や、土地所有権の放棄の可否などを協議し、具体策を検討する。法務省は早ければ2018年にも民法や不動産登記法の改正を法相の諮問機関である法制審議会(略)に諮問する方針だ。政府は年明けに関係閣僚会議を開いて検討作業を急ぐ。

「現在の相続登記は任意で、第三者に権利を主張できる要件と位置付けられている。土地所有者が死亡すると、新たに所有者になった相続人は相続登記を行い、名義を先代から自らの氏名に書き換える。ただ、相続登記は義務ではないため、登記を行うかは相続人の判断にゆだねられている。土地所有者の所在が分からなくなる要因に相続登記の任意性の問題があるとされている。仮に相続登記が行われなければ、登記簿上の名義は死亡者のままだ。そのまま放置され続けて世代交代が進めば、法定相続人はねずみ算式に増える。所有者不明土地の増加は相続人が固定資産税などの税負担を避けたり、土地管理の手間を嫌ったりして放置する場合が多いもようだ。都市部ヘの人口集中と過疎化の進行、利用価値が低い土地への無関心さが影響している。このため、相続登記の義務化で違反した場合の罰則を設けることを検討する方針だが、土地管理などの負担の方が重ければ、所有者不明土地の発生抑止にはつながりにくいとの指摘もある。」(日本経済新聞2017年12月29日付朝刊・第1面、強調筆者)

これに先立ち、28日付の朝刊の「中外時評」欄にも谷隆徳論説委員の「不動産登記の早期義務化を」という、ほぼ上記記事と同じ方向性の論稿が掲載されている*1から、日経紙としても、政府の意向を忖度した上で、この路線を推す(?)ことにしたように見える。

ただ、この方向性、不動産の実務(それも主に地方エリアにおける自社用地の買収や管理)を良く知っている人なら、「え?」と思うのが普通ではないだろうか。

確かに、相続登記が長年なされていなくて、権利部の最新の日付が明治とか大正の時代のものだったりすると、正直これはキツイな、と誰もが思うところだし、その後、通常の売買契約を締結するまでに処理しないといけない手続の負担も相当なものとなる。

しかし、実のところ、相続人の特定自体は、戸籍を辿って家系図を作るスキルがあれば、そんなに難しいことではないわけで、むしろ、本当に問題になるのは、

「所有者(相続人)は特定できるが、その人と連絡が取れない」

場合である。

先般の大震災の被災地域のように、元々ちゃんと管理していた人が不運にも所在不明となってしまった、というケースもあるが、大抵は、「相続はしたものの居住地が遠く離れていた等の理由で実際にはその土地を利用しておらず、相続を重ねるうちに存在すら忘れられてしまったケース」とか、「原所有者の子息がみんな海外に行ってしまって、日本で管理する人が誰もいなくなってしまったようなケース」だから、そういったケースで、いきなり登記を義務付けて真正な権利関係を登記させるように促したとしても何のインセンティブにもならない。

むしろ、これまでそんな状況で誰も困っていなかったど田舎の土地や山林が、急に手続義務化の対象となってしまったら、混乱が生じるだけだ。

都会で親がローン組んで何とか手に入れたような土地建物であれば、「義務化」などというアクションをしなくても、当然、相続に伴う登記申請をするし、それに先立つ遺産分割協議も(スムーズにいくかどうかはともかく)きちんと行うインセンティブが働く。

そうならない場合があるとしたら、それは、相続登記に伴う様々なコストに比べて対象となる土地の財産的価値があまりに低く、「放っといた方が良い」というインセンティブが働いてしまうからで*2、そんな状況で無理やり登記を義務化しても、制度策定・周知等の労多くして実りなし、という結果になってしまうように思えてならない。

きちんと登記をして固定資産税の通知が毎年届くようになれば「土地を管理している」という意識も生まれるだろう、そうなれば、土地という財産も有効活用されるだろう、という机上の発想のロジックは決して間違っていないが、以下の記事に出てくる「6兆円」という数字は、どうにもこうにも眉唾なわけで、この数字に騙されてしまうと、政策の中身も優先順位も間違えることになってしまう。

「所有者台帳からは現在の持ち主をすぐに特定できない土地が、16年に全国で約410万ヘクタールに上るとの試算を公表。対策を講じないまま40年になれば、北海道本島(約780万ヘクタール)に迫るとの推計をまとめた。経済損失額は同年までの累計で約6兆円に上る。」(同上)

もちろん、対案となるような妙案がすぐに出てくる、というわけではないし*3、ローマ法の時代に戻って「所有権よりも占有実態を優先して土地の取引をできるようにしたら?」などと言い出したら、それこそ天地がひっくり返るような大騒ぎになってしまうから、結局は「相続登記の義務化」くらいが無難な落としどころになるのかもしれないが、本当に法制審議会レベルに持っていくのであれば、もう少し的確な立法事実と骨太な発想に基づく議論を期待したいところである。

*1日本経済新聞2017年12月28日付朝刊・第6面

*2:台帳上の評価額はともかく、実際に売り出しても買い手などどこにもいない土地は多いのだから、いかに低廉な料金で済むと言ってもそこにお金をかける、という気になる人は少数派だろう、と個人的には思うところである。

*3:これだけAIとか何とか言っているんだから、マイナンバーと登記簿表題部の所有者情報を紐付ける等して、相続が発生したら、自動的に法定相続分に基づく登記がなされるようにする、等々の便利なシステムを作ればよいではないか、という話もあり得るのだが、そんな簡単に予算が付くとも思えない話である。

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