石原都知事候補(現)は、従来の原発推進策の、何をどう反省し改善するのか、言わないとだめじゃん

 石原慎太郎都知事候補は、現職候補として臨む都知事選挙政見放送で「私が、就任以来仲間と協力してきてやってきたことに間違いはなかった、と確信しています」と勇ましいことを言ってますけど。
 実は、「原子力発電所の立地や管理の問題など、反省し改善することはもちろんだ」とも考えていたようです。

 だったら、有権者都民に向けて「過去の推進政策の、どこを反省し改善するか」きちんと説明しなくちゃ、ダメじゃーん。現職候補なんだし。知事在任中に「日本の技術力なら東京湾原発作ったって安全なんだ」とか言ってたんだからさ。
 「過去の政策や考え方の、ここをこう改めますのでよろしく」って政見放送で言うのが筋ってもんよね。

 「Q候補者のエネルギー政策を知りたい有権者の会」の簡単なアンケートに、石原候補ご本人が答えたコメント読むと、そう思えます。


 「我が国のエネルギー政策について、どのような立場をお持ちでしょうか」って質問に、A「今後も原子力発電は維持していくべき」、B「今後は原子力発電以外のエネルギーへの転換をはかるべき」って、アンケートが付随してるんですけど。
 石原氏は「AもBも選択しない」とした上で、次のように答えてます。

 現在日本の電力供給は約3割を原子力発電に頼っている。原子力発電所の立地や管理の問題など、反省し改善することはもちろんだが、現在の電力消費を前提とした産業構造や日本人の生活様式の根本体質が変わらない以上、単純に、今回の事故をもって、原子力全てを否定することだけでは解決しない。まず、政府がリーダーシップをとり、今後の日本の社会構造のあり方について考えていかねばならない。
 いずれにせよ観念論や感情論に流されることなく現実を直視する姿勢が大切である。

 例えば、原発を抱えている北海道の、ある知事候補は、同じアンケートのB「今後は原子力発電以外のエネルギーへの転換をはかるべき」を選択して、次のように述べてます。
 「何よりも原発の『安全神話』と決別し、原子力の危険性を直視し、安全優先の原子力行政への転換が必要です。そのために今回の原発震災をふまえ、耐震性強化や大津波対策など新しい安全基準を決めて、泊原発の総点検を行い、安全性が確保されない場合は、計画的に廃止し、自然エネルギーに切りかえます。安全対策と防災計画について道民参加の開かれた議論により、根底から見直します」。


 アタシ自身は、「原子力発電は必要悪」論者です。
 「当面は日本にも首都圏にも原子力発電は必要」って意見ですから、「容認派」ですね。
 アンケートのAかBかで言えば、A「今後も原子力発電は維持していくべき」の方に近いと思います。

 ただし、「維持していくべき」だけど、「依存度は現状(3割ほど)よりも、計画的に減らしていくべき」とも考えます。
 原子力発電への依存度を、1割まで減らせるか、2割くらいまでしか減らせないかが、これからのアタシたちの暮らしぶりを左右しますよね。
 二酸化炭素排出量のことだって考えなくっちゃいけないんだし。


 そんな考えのアタシが読んでも、既存の原子力発電所について「新しい安全基準を決めて、総点検を行い、安全性が確保されない場合は、計画的に廃止」してくって、極、あたりまえだと思います。
 同時に、古い基準の原子力発電所を計画的に廃止して、新しい、より厳しい基準の原子力発電所を計画的に建てていく必要もある、とは思いまけれど。

 古い原発の方が、危険度高いんだから、建て替えないとダメですよね。
 建て替えしながら、徐々に総数を減らしていくように計画を練った方が、安全のためにもいいはず。


 「耐震性強化や大津波対策など新しい安全基準を決めて、既存原発の総点検を行い、安全性が確保されない場合は、計画的に廃止」ってのは、極、当然の政治プロセス。
 段取りのプランとしては具体的でわかりやすい。アタシはAの立場だけど、北海道知事候補の人が言ってることはわかりやすいですね。


 石原候補は、仮想の論敵を「観念論や感情論」って決め付けたいご様子ですけど、ご自分のコメントも、観念論になっちゃってることに、多分、気づいてないんでしょうね。
 それに、感情論がお得意なのは、石原氏の方だし(苦笑)。

 「現実を直視する姿勢が大切である」とか、ご立派なことのたまってるけれど、「過去の推進政策の、どこを反省し改善するか」を言えないんじゃー、「現実を直視」したことになんないじゃーん。政治家なんだし、現職候補なんだからさー。

 感情論について言えば、石原氏は、「自分と同じ意見の仲間と盛り上がる」のはお得意でも、「意見の違う人との議論」になると、すぐ感情的になりますよね。
 高飛車な恫喝に出て、異見を取り合おうとしない。

 何より、石原都政に欠けてるのは、北海道知事候補の方が言ってられるような「有権者参加の開かれた議論により、根底から見直します」といった姿勢。
 石原の“リーダーシップ”と呼ばれるものは、民主的ではないんですよね。
 政治家を続けるには、了見が狭すぎるんです。


 今は、非常時だから、石原氏がいい、という意見もあるようですが。
 もし、非常時だから民主制を一時凍結する、というなら、期間を短期日に限定すべきです。それが、民主主義の原則。
 そういう意味では、別に今の日本には、非常事態宣言の類は出されていない。

 確かに、東日本大震災は大きな災厄ですし、福島原発の事故はとんでもない人災ですが。
 こうした時にこそ、ちゃんとした議論ができる社会の方が、結局長い目で見れば強いし、健全なんだ、と、アタシは思います。