医師三原則に従うとしたら

http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20060925#p1にある「医師三原則」に関して。

医師三原則

第一条 医師は患者に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、患者に危害を及ぼしてはならない。

第二条 医師は患者にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条 医師は、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


これは勿論ロボット三原則を元にしたものです。ロボット三原則はSF作家のアイザック・アシモフが考えたものですが、ロボットと人間の価値を天秤にかけているようなこんな作品もあります。

ブラックはわめいた「あんたんとこのロボットを送りゃいいんだ、NS2の仕事だ」
心理学者の目が冷たい光を放った。彼女は平然といった。「ええ、シュロス博士もそうおっしゃたわ。でもね、NS2型ロボットはうちの会社がお貸ししたものでお売りしたものではありません。なにしろ一台数百万ドルものコストがかかっています。わたしは会社を代表している人間ですけれど、そのように高価なものですから、このような危険にさらすわけにはいかないと判断しました。」
ブラックは両手をふりあげた。それは固くにぎりしめられ、無理におさえつけたかのように胸もとでぶるぶると顫えた。「するとあなたは――あなたはこういうんですか。ぼくにロボットのかわりに行けと、なぜならぼくの方が消耗品だから」
「そういうことになりますね、はい」


(早川文庫「ロボットの時代」収録「危険」より引用)


実は、冷酷な言葉を吐いたかに見えたロボット心理学者スーザン・キャルビンの狙いは別にあったわけですが、これだけ読むとひどい話にみえます。他にも、新型で高価なので普通よりも第三条の自己を守る機能が強めに作られたロボットの起こすトラブルを描いた話もあります。
しかし、なによりロボット三原則と人間のかかわりといえば、次に引用することが思い起こされます。やはりロボット心理学者のスーザン・キャルビンが、ある人物がロボットかもしれないことを確認できないかと尋ねられた時の言葉です。

「なぜならば、ちょっとお考えになればおわかりのはずですが、ロボット工学三原則は、世界の倫理大系の基本的指導原則だからです。むろん、人間だれしも自己保存の本能は有していると考えられています。それは、ロボットにとっては原則の第三条にあてはまります。また、社会的良心や責任感をもつ“善良なる”人間はだれしも、正当な権威には従うものです。医者、上司、政府、精神分析医、同僚などの言葉に耳を傾けます。法律に従い、規則にのっとり、習慣に準じます。――たとえそれらが、安楽や安全を脅かすときでさえも。それはロボットにとっては第二条にあてはまるものです。また、“善良なる”人間は、自分と同様に他者を愛し、仲間をまもり、おのれの生命を賭して人をすくうものです。これはロボットにとっては第一条にあたります。要するに――もしバイアリイがろぼっと工学の原則のすべてに従う場合、彼はロボットであるかもしれないし、また単にきわめて善良な人間であるかもしれません」


(早川文庫「われはロボット」収録「証拠」より引用)

法相が認めないと死刑の実行はできない

はてなブックマーク注目エントリーで紹介されていたhttp://www.asahi.com/national/update/0925/TKY200609250442.htmlにある「杉浦法相、死刑署名ゼロ退任 当局と最後まで攻防」に関して。

杉浦法相、死刑署名ゼロ退任 当局と最後まで攻防
2006年09月26日09時45分
 杉浦法相が死刑執行命令書に署名を拒否したまま26日の任期を終える見通しとなった。法相の判断で死刑を執行しないのは、93年に後藤田法相が死刑執行を再開して以来初めて。

 世界的には死刑廃止の傾向が強まり、日本では犯罪被害者の意向を反映した厳罰化が進んでいる。

 93年の執行再開以来、5カ月以内に退任して判断を求められなかったとされる4人を除けば、「法相の判断」として執行しなかった例はない。

 一方、毎年の執行数は1〜3人程度と減ってきており、9月15日現在で未執行の確定者は89人に達している。

 杉浦法相は昨年10月の就任会見で死刑執行について「私はサインしない」と明言し「心の問題、哲学の問題」と説明。1時間後に撤回したが、周囲には「本音が出た」と漏らしていた。

 法務省の事務当局は法相との攻防を任期最終盤まで続けた。「ほかの大臣だったらここまでしない」。法務族の中心人物で弁護士という、法務行政を知り尽くしているはずの人物に「人が人を殺せるのか」と疑問を投げかけられては、制度の根幹が揺らぎ、今後の執行に大きなマイナスになるとの危機感があった。


この法相の行為というか不行為を、賞賛する人もいるでしょうし非難する人もいるでしょう。正当な手続きで任命された法相の行為であるという点では、違法とは言えないでしょう。また、このことを総理が問題視した場合は、法相の交代ということも出来たので、あるていどは総理も認めていたと推測されます。少なくとも、法相を解任するほどの問題でなないという判断がなされたということでしょう。


ふと思ったのは、法相どころではない影響力をもった人のことです。説明の為に、日本国憲法の第7条の一部を引用します。

第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

1.憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
2.国会を召集すること。
3.衆議院を解散すること。


つまり、天皇陛下が今回の法相のように例えば国会の召集を行わないと言ったらどうなるんだろうというというものです。まあ実際にはそんなことは起らないとは思いますが、可能性がゼロでもないはずです。