白い果実

Sです。まずは3月11日の東日本大震災で被災された皆様、ご家族の皆様にお見舞い申し上げます。
少しでも皆様の毎日が楽になりますように。心からお祈りしています。
被害のなかった地に住む私も、あの日から何かが変わってしまったような気持ちで過ごしています。
こんな時に何を書けるのか迷いましたが、久々にアップします。

S「白い果実」ジェフリー・フォード 

国書刊行会


3部作の1作目。可愛い表紙に魅かれて読み始めたが、悪夢の様な内容で残虐非道。
観相官クレイが主人公で、理想形態市から独裁者マスター・ビロウに派遣されてある村に来る。独善的で偉そうで、本当に嫌な感じ。
炭坑で長く働いた為に鉱石と同じ青い石のように固まってしまう人々。クレイに顔の造作を計測されただけで犯罪者と烙印を押されてしまう人々。物語が進むに連れて、災厄が起こり人狼のえじきにされ、魔物に喰い殺される人々。主人公が憧れる美しいアーラ、その顔を覆うようになる緑のヴェール、謎の木人。魔法のような力を持つ白い果実。


と、なんとなく気になった部分を書き出すと面白いんだけど実際は全然読み進められなかった。
幻想小説というか空想小説というか、全く違う世界が作り上げられてはいるのだけど…あからさまな露悪趣味に違和感があって、なんだか悲しくなる位に進まなかった。
後半は面白くなってきたけれど、続編はもう読まないで良いかなと思いながらなんとか意地で読了。



S「記憶の書」ジェフリー・フォード 

国書刊行会


あまり良い印象のないまま終わったこのシリーズ第一作目だったけれど、半年経ってなんとなく続編を手に取ってみた。
するとどうでしょう!1作目は1ヶ月もかかったのに、これは2日半で読了。つまり面白かったのです。


理想形態市の崩壊から8年経ち、冷酷だった元観相官のクレイは全くすっかり別人のようになって暮らしている。薬草を摘んでは村人の役に立てたり赤子を取り上げたりして人々にとけ込んでいる。
そんなある日、村の広場で突然マスター・ビロウの声が聞こえてきて、クレイが暮らすコミュニティーの村人達は眠り病に陥ってしまう。彼らを救う薬を探しに、クレイはビロウの頭の中にある浮き島へ旅立つ。
そこでは物や人に記憶をあてはめてビロウの発明したあらゆるものが保存してある。頭の中の部屋に物を配置する記憶術があるのは聞いたことがある。一体どうするんだろと思っていたので、興味深く読めた。


不思議なイメージの連続、奇天烈な設定も今回はより楽しく読めた。人語を話し眼鏡をかけた魔物。美薬(という名の麻薬)や白い実や緑のヴェールなどの3作を通じて登場する象徴的な物も効果的に配されていてわくわくした。
浮き島の周りの水銀の海は、常に表面の波がビロウの人生の様々な場面を再現して常に動いているというのも美しい。
私はとりわけ〈トッテコイ〉が好きだったな。空中を移動する生首だけの女。黒髪はヘビの様、唇は暗赤色、残虐さが見える緑色の顔。鋭い歯と虹彩のない目は純白。島に囚われている人達の記憶を吸い取って去って行く役目。
第2部のヒロイン、アノタインも好きだ。強くて弱くて、存在感があるのにはかない。
第一部のクレイがあんな嫌な奴だったのは、2作目への為だったのかと納得。1作目を読んでそのままやめなくて良かった。




S「緑のヴェール」ジェフリー・フォード 

国書刊行会


そして完結編。浮き島から帰還したクレイは眼鏡をかけた魔物ミスリックスと〈彼の地〉への旅に出る。途中で別れたクレイとミスリックスの話が交互に進んで行く形式。
この3作目が一番面白かったし、独立した冒険潭としてもとても良かったと思う。不思議な生き物が全編オンパレードだ。鳥を喰らう樹木とか、肉桂(シナモン)の香りがする桃色の毛皮の猫、ある部族の女性のミイラ、その幽霊。全身に青い刺青をほどこした沈黙の民。
様々な人達と出逢いながら冬の森や砂漠や海辺を旅して行くクレイと犬のウッド。都会人で威圧的な官吏だったクレイは別人にように逞しくなり野に生きる術を身につけて行く。第二部では最初は狂犬みたいだった相棒ウッドがとにかく良い犬で泣かせる。ウッドは洞窟の中で、砂漠の中で、クレイに表紙だけになった本を手渡しては読んでもらいたがる。


クレイと別れて廃墟で暮らすミスリックスの、魔物でもなく人間でもない外れものの孤独にも気持ちが近づいて行く。気弱で見栄っ張りで博学な魔物。父であるマスター・ビロウを失って、ひとりぼっち。ずっと独りの生活に変化が訪れる。希望を手に入れ代償を支払った末に、クレイもミスリックスもそれぞれの結末を迎える。
たくさんの登場人物と豊穣なイメージがひとつずつ去ってゆき、物語が静かに終わる。クレイやウッドや樹の人ヴァスタシャや砦の兵士達と親しくなってしまったせいで、余韻に浸りながら寂しくてたまらなかった。
終わってみれば1作目同様にやはり残酷で理不尽な世界。これが世界のあるべき形?この終わり方で良いの?と少しだけ思う。
でも違うのは1作目のクレイは身勝手な愛情で人を傷つけたけれど、2作目では他人の頭の中で深い愛を見つけたし、3作目ではさらに広い意味での愛情を知ったこと。

3冊とも繋がった話ではあるけれど、大きくその世界のイメージは異なっている。クレイも独裁者ビロウも変わって行く。人はいつも同じではなく、心の通じた人ともずっと一緒にいられる訳ではない。それでもこの世界で生きて行くしかないのだし、愛するものがあるって良いことだな、と思う。
そんなに「愛だぜ」みたいな事ばかり謳っている訳ではなくて、妙な物がたくさん出て来る不思議潭で良いのだと思う。
でも終わってみればなんとなく、ラブストーリーだったのかなと思いました。