環境省による福島原発被曝のゲノムへの影響の調査について

尊敬する林さんに名前を挙げていただいている以上一応何か書かないわけにも行かないかなと思う次第・・・ただちょっと今時間ないので専門用語噛み砕く余裕無いですすいません・・・

http://togetter.com/li/364596?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

なんだか猛烈に批判されてますね。一年と3ヶ月くらい前に、僕が自分のコメ欄に書いたのと似た感じかなあ。あのころは僕も意味ないかなーと思ってました。

http://d.hatena.ne.jp/aggren0x/20110524/1306265193

あの時以降、次世代シーケンサーのバリアント検出精度はなんだかどんどん上がってるし(主にアルゴリズムの改善で)、あと一細胞とりだしシーケンスとかもごく近い将来にできそうだし。体細胞一個のゲノム、直接見れますよねわりとすぐに。お金はかかりますけど。5-10個くらいの細胞だけ取り出してプールしてシーケンスすれば節約できるかもです。バリアントコーラーは自作になりますかね。てなことするといろいろできることは、あの時とは違ってきているような気がします。

それで、あのときと今と変わらないのは血液とっても癌が起きるかどうかは予測できないってとこですね。それは宇宙が終わるまでそうです(いや言い切るのはやめといたほうが安全か・・・)。技術の進歩関係無いです。

しかしもうひとつ別のアプローチが、今のレベルからはできそうな気がします。

基本的に血液白血球由来のゲノムはgermlineを代表すると考えられるので、それと体細胞由来ゲノムを比較すれば体細胞で新たに獲得した変異がわかりますね。で、すでに通常の状態での体細胞変異率はわかってるので(1分裂当たり10^-7)、それをパラメータにしてモデル化できると思うんですけど。

でひとつ考えて欲しいんですけど、癌が起こるのが確かに問題なわけですが影響を調べるためにそのガンを引き起こした変異そのものだけを捕まえなくてもいいんですよね。一つの癌化を起こす変異が起こる裏には数十、数百の、癌と関係ない遺伝子や遺伝子非コード領域の変異があるわけです。癌化を起こすようなクリティカルな変異は修復もしっかりするので、逆に非コード領域の変異は癌化変異の起こる頻度から確率的に予想されるよりも多い頻度で見られるはずです。

わたしは、これは個人的な考えで確認されたものではありませんが、20 mSvの低線量放射線下で、例えば10や5、あるいは2とか1.5 mSvといった通常環境下と比較した場合に何らかの過剰なDNA傷害があるかと聞かれればそんなの当然あるでしょう、と考えます。たぶんまともにDNAやってる研究者はみんなそうなんじゃないですかね。ただ、表現型に出ないだけです。それはなぜかというと、ヒトゲノム30億の内遺伝子コード領域はたかだか1%強に過ぎず、しかもそのうち癌と関連する遺伝子はそのごく一部であって、さらにその一部のがん遺伝子のどこに変異が起こっても癌化するかといえばそんなことは(多分)なくてクリティカルな場所があるだろうし、前述したようにクリティカルな場所ではDNA修復が起こりやすい。さらに、癌は2-hit theoryと言って二箇所以上の癌化関連遺伝子変異が組合わさらないと起きないと考えられています*1。すごく起きにくいってことです。そりゃそうで、自然界にも放射線はあるのにそんなに簡単に癌になってもらっては困ります。

逆に考えれば、それだけの変異が100 mSvで起こるとしてそのバックグラウンドで非コード領域に起きている変異、これは20 mSvまで落ちても多分ありますよね。それを調べて、そして被ばく線量で線形の関係にあるかどうか、まずそれ自体が興味深いですが、さらに線形だったとして100まで線引いて(あるいは原発で直接従事していた方に協力していただいたデータを併用して)、癌化の危険領域となるような指標を生み出せるかもしれませんよ。そうしたならば、提供者の方々にとっても有用な情報となるでしょう。

例えば個人ごとに放射線感受性が違う可能性がありますね、ほんとだかどうだかわかりませんが、同じ10 mSvでもかなり変異の多い人とそうではない人がいるかもしれない。癌化に関して、結局のところ被ばく線量はsurrogateにすぎず、突然変異率が直接のパラメータなのですからこれが推定できるということは有用なのではないかと思うのです。

てなことを思っています。

ゲノム関係とかは特に進歩が速くて、「そんなの意味ない」っていうの難しいと思うんです。たとえば前回ご紹介した母体血液検査によるダウン症の検査。これ、5年前の時点で、こんなにすぐにできるとみなさん思ってましたか。胸に手を当てて考えて下さい。僕は絶対無理だと思ってましたよ。でもこれが科学です。GWASはじまるころも「そんなの意味ない」の大合唱ってかなりあったと思うんですよねぇ・・・

ちなみにわたしは海外留学中なのでこのプロジェクトとは関係ないですし、国内関係先もこれとは関係無さそうです。環境省+福島医大と言ってるところからは、厚労省+東北大のメディカルメガバンクとも関係無さそうですけどね。むしろエコチル使えってサインのような気がしますが、インフォームド・コンセントが大丈夫かどうかはしりませんが、そうするとコントロール集団としては他のどこ(厚労省文科省)よりも優れた「未来の」サンプルを抱えているところが言い出してるってことになるかもしれません。

*1:最近知ったのですが、さすがフィッシャーはこのあたり調べていて、年齢と癌罹患の対数オッズ比との指数関係(6乗)を指摘していたのですが、その理由を「6個のがん細胞が集まると癌化する」と主張していたのだとか。これは当然現代では6 hitsで癌化することの反映だと捉えられていて多分そっちが正しいと思いますが、なんだかかわいいですねフィッシャー。