抹消された「渋谷」

(リンクが切れていたらこっちここ

先週土曜の深夜に「SONGS BESTセレクション」というテレビ番組(NHK)をかけていたら、「恋のフライトタイム〜12pm〜」(2008年)という曲が流れた。鈴木雅之菊池桃子のデュエット曲で、1996年に発売された「渋谷で5時」(上に貼ったYouTube動画)の後編(12年ぶり!)であるらしい。

新曲のほうは(僕の感想としては)イマイチなのだけど、前の8月30日「スロー雷雨」とその前の8月28日「雑記2」の記事注釈で、立て続けて「飛行機」を取り上げていたので、新曲の「恋のフライトタイム」というタイトルに何となく、親しみをもちました。

2曲とも歌詞は仕事から抜け出して二人で恋して、このまま二人っきりでいたいよ、もう仕事なんかしたくないよぉ、で、どちらもほとんど同じなのだけど、新曲のほうの歌詞では12年前の曲のほうの歌詞とよく比べると、地名の「渋谷」が抹消されて「この街 飛び越えて」に変わっています。さらに、歌詞の物語の場所が「渋谷の『シアタービルの中の2階の店』」から「空港の『ロビー』」へ移動しています。これは、この12年間の、90年代からゼロ年代にかけての、一つの大きな変化ではないかと思います。

えーと…

1995年に東京「TNプローブ」で開催された「OMA IN TOKYO: レム・コールハースのパブリック・アーキテクチュア」展に合わせて発刊された「OMA/レム・コールハースのジェネリック・シティ*1で、建築家の磯崎新は「抹消された記憶と場所は…。」と題したエッセイを寄せています。

君(引用者注・レム・コールハースのこと)がanywhereにむかってノマドのごとくに移動するのは、場所と記憶の作動していない街を発見するためであることは明らかで、巷間名高い『デリリアス・ニューヨーク』では、アメリカこそが純粋モデルと思ったためだと私は推測している。ハリウッドが殺風景な丘のうえに人工的に捏造されたように、マンハッタンも露出した中州の岩盤に抽象的なグリッドをかぶせることによって成立したに過ぎない。(中略)ところが、何たることだろう。ニューヨーカーたちは、異口同音にニューヨーク*2における場所と記憶について語りはじめている*3。たった一世紀、いや半世紀しか経ていないにもかかわらず、住み込まされてしまった人々は無根拠の虚構には耐えきれないのだ。
(「抹消された記憶と場所は…。」、磯崎新、1995年)

何となく、僕の頭のなかでは今、フランク・シナトラの「New York, New York」(1977年)のような音楽がぐるぐる回っています(笑)。ちなみに、ペット・ショップ・ボーイズ*4の「New York City Boy」(1999年)はおそらく70年代の音楽のリバイバル(わざと70年代風につくった、とくにプロモーションビデオがそんな風になっている)です。ある意味、ポストモダンの音楽です。ジャミロクワイの「Canned Heat」(同1999年)と同じです。

(・∀・) ♪

そして、それから12年後の2007年に出版された「東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム*5社会学者の北田暁大は現在の「渋谷」について、こう述べてます(下記)。「渋谷」が、70年代半ばから80年にかけて構築された「意味や物語」のある「広告都市」(シミュラークルシティ)から90年代以降は「相対的に大きな情報アーカイヴ」へ変貌した、ということのようです。

いまや来訪者は渋谷に意味や物語を求めてやってきているわけではない。そうではなくて、いろいろなモノやコトやヒトが、つまりは情報が集積している相対的に大きな情報アーカイヴのようなものとして渋谷という都市を捉えているのではないか。(中略)広告都市としての渋谷は完全に綻びてしまったと言っていいでしょう。
(「東京から考える」、北田暁大、2007年)

うーん、まあ、「ゼロ年代」の世相(言論)はこんなところかな。わざと「はてな」日記っぽく書いてみたけど、これでアクセス数が一気に増えるとかあるのかなぁ(笑)。みんなが関心をもつどうでもいい話題(「相対的に大きな情報アーカイヴ」への批評、物語化)と、僕が熱中する誰も興味をもたないかもしれない話(「場所と記憶の作動していない街」としての「理科」的な未開の時空)のどちらをあえて日記に書くのかは案外、難しい選択かも知れません。

というか、僕の「はてな」の「リンク元」を見てみると、建築系のキーワードがほとんどない(人文・社会学系のキーワードはそれなりにある)という現実を目の当たりにさせられると、ついいろんなことを考えてしまいます。宇野常寛赤木智弘を見習うべきなのかとか(笑)。この馬鹿馬鹿しさ(公共性の欠如)はほんとどうでもいい感じなのだけど、それがポストモダンの生き様なのかも知れません…。

さて、明日も仕事頑張らないと。

「ふたりでサボタージュ」なんて無理(笑)。

(追記)

look at people, people drifting
look at people, people moving
look at people, people floating
within the memory and what is real
(HASYMO - The City of Light)*6

*1:Integral Project-3Strange Paradise無印都市参照(「ジェネリック・シティ」について)。

*2:babyismで「ニューヨーク」について言及した記事は、Integral Project-3の中頃にまとめてリンクした。

*3:僕の「場所と記憶」は、お盆(夏休み)前後に書いた8月10日「柏」8月13日「柏 マイ・ラブ」8月17日「柏から考える」辺り参照。

*4:7月31日「日食」参照(ペット・ショップ・ボーイズの曲リストあり)。

*5:Integral Project-2Integral Project-3Kinkyo-1参照(「東京から考える」について)。

*6:HASYMO(ハシモ)の「The City of Light/ Tokyo Town Pages」(2008年8月)のYouTube動画(リンクが切れていたらここ)。その投稿動画がオフィシャルなのかどうかまでは分からないけど、これは水面が上昇した東京の、ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線の車窓のCGです。写真家の中野正貴「TOKYO FLOAT」(2008年)の表紙のような世界です。8月27日「どこでもドア」つくばエクスプレスの動画と比べてみてもいいかも知れません。