Hatena::ブログ(Diary)

老兵は黙って去りゆくのみ

2016-07-29

じじぃの「自分の血をストック・若い血液の交換が若返りをもたらす・精神銃」

06:10

World's Weirdest - Vampire Bats 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=iLp-ls8AoaU

老若2匹のマウスの血液循環

【衝撃科学】若い血液の輸血が「若返り」をもたらし、脳や筋肉の機能が復活すると米研究が確認 2014/05/06 DDN JAPAN

若いマウスの血液を、年老いたマウスの血液に注入することで、脳で記憶を司る海馬ニューロンが活性化、記憶や学習能力が復活することをカリフォルニア大学の研究チームが確認、ネイチャー・メディシン誌 (Nature Medicine) に発表、また、スタンフォード大学の研究チームは心臓や骨格筋が復活することをサイエンス誌に発表した。

http://japan.digitaldj-network.com/articles/28982.html

『超発明 創造力への挑戦』 真鍋博/著 筑摩書房 2014年発行

精神銃 より

精神は肉体よりも強い。よって肉体を傷つけるピストルより、精神を破壊する精神銃のほうが人を殺すのにはるかに効果的なのだ。精神銃は敵が心の奥深く秘めた弱みや秘密を鋭く探り出し、より効果的にプログラミングして音声弾を作り、最適のタイミングで発射するのだ。

この狙撃を受けた被害者の救出法は永遠にない。

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どうでもいい、じじぃの日記。

ぼけっと、真鍋博著『超発明 創造力への挑戦』という本を見ていたら、「精神銃」というのがあった。

「愛のキューピッド」というのがあるが、精神銃は人の心を傷つける悪魔のようなものだろうか。

「銃」が人の命を奪うものならば、「点滴」は命を救う管だ。

若いマウスの血液を年老いたマウスの血液に注入することで、年老いたマウスが若返ることが知られている。

いつ発病するこもしれない血液のがん。

今から、自分の血液を保管しておいて、いざという時に保管して置いた血液と交換すれば寿命を延ばせるかもしれない。

どこかで、そういうことをやっている施設はないものだろうか。

もう、遅いか。 (^^;;

じじぃの「科学・芸術_17_イスラム帝国から継承された科学技術」

06:08

THE HISTORY OF THE OTTOMAN EMPIRE - Discovery History Science (full documentary) 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=MpPGxJT9qQI

オスマン帝国

『逆説の世界史 2 一神教タブー民族差別 井沢元彦/著 小学館 2016年発行

オスマン帝国の崩壊と中東戦争 (一部抜粋しています)

イスラム帝国の衰退の理由を分析するのは容易ではないが、こおでは『逆説の世界史』で使っている方法論を適用するのが有効であると思われる。

それは比較である。まったく異質なものを比較することによって、双方の顕著な特徴が見えてくるというものだ。

この場合はキリスト教自体を用いたい。キリスト教イスラム教と同じく一神教であって、その意味では共通性がある。しかし、18世紀以降、西欧キリスト教世界は近代化、つまり科学技術の発展と資本主義の完成によって強大な社会を建設したが、イスラム教世界はこれを達成することができなかった。この点では両者は異質ということができ、比較と言う方法論の有効性が認められる。

ただここで、特に欧米人の読者には、念を押して置く必要があるかもしれない。

それは、イスラム帝国が政治・経済の面でも、かつていかに強盛だったかという点に関する認識である。

18世紀以降20世紀前半にかけて、欧米諸国は近代化で発展した国力によって、最大のイスラム帝国であるオスマン帝国を崩壊させ、イスラム教徒の居住区を分割し、植民地化した。

      ・

世界史についてあまり知識のない人でも、ヨーロッパに「中世暗黒時代」があったことは知っていよう。ギリシャローマ文化は白人の文化として、後のヨーロッパ諸国にダイレクトに伝えられたわけではない。この中世黒時代には、ギリシャローマ文化は実質的に抹殺されていたのだ。

では、それを保存し、継承し、発展させたのはどこか?

お分かりだろう。イスラム帝国なのである。だからこそ既に述べたように、アルコール(alcohol)、代数学(algebra)、アルゴリズム(algorithm)という現代の科学技術に欠かせない単語は『コーラン』に用いられる言語と同じく、元はアラビア語であり、世界中の文明がスタンダードな数学として採用しているのはアラビア数字なのである。

さらに留意すべきことは、『新約聖書』はもともとギリシャ語で書かれていたということである。

それがローマ帝国の国語であるラテン語に翻訳されて、中世にはラテン語版が使用されていた。当たり前の話だが、中世に古典としての聖書を研究するのはギリシャ語聖書が必要で、しかもギリシャ語を学ばなければならない。それをヨーロッパからの留学生に提供し、教授したのは一体どこの国の学者か。

もうお分かりだろう。イスラム帝国ムスリム学者なのである。

こうした高いレベルの学問だけでなく、民衆の基本的教養もヨーロッパイスラム教世界にはるかに及ばなかった。

はるかに、というのは誇張ではない。中世ヨーロッパにおいて、文字が読める人々は少なかった。特に農民識字率は極めて低かった。理由は簡単で、農民は文字を知る機会も少なく、学ぶ必要もなかったからである。領主農民に対する命令は常に広場で読みあげられた。文書で刑事しても読めるものがいないからである。

一方、イスラム教世界においては、『コーラン』を学ぶことが貴族庶民を問わず必須の教養であった。子供の頃から『コーラン』を暗唱させられる。「暗唱できる」ということは、実際に文字を見た時に「読める」ことに繋がる。つまり、識字率を上げる効果があるのだ。

2016-07-28

じじぃの「ある大物タレントの死・モルヒネの過剰投与が死を早めた?今週の遺言」

06:22

大橋巨泉 CM 1969年 パイロット万年筆 エリートS 「ハッパフミフミ」篇 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=41xGjcQxw04

クイズダービー

大橋巨泉さんが死去、82歳…モルヒネ系鎮痛剤の誤投与で体力失う 2016年7月20日  Yahoo!ニュース

所属事務所などによると、大橋さんは2013年11月にステージ4の中咽頭がんを患い、以来3度のがん手術、4回の放射線治療を行い、回復を図った。しかし、今年4月に発症した2度の腸閉塞と手術による衰弱、さらに在宅介護で用いたモルヒネ系鎮痛剤の誤投与により体力を失い、4月11日に緊急入院をしていた。

大橋さんは東京都出身で、早稲田大学在学中から、当時ブームだったモダンジャズ・コンサートの司会者として活躍。大学中退後、ジャズ評論家や放送作家を経て、テレビ司会者に転身。「巨泉前武ゲバゲバ90分!!」「11PM」「クイズダービー」「世界まるごとHOWマッチ」などの司会を務め、軽妙な弁舌で人気を集めた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160720-00000534-sanspo-ent

週刊現代 2016年8月6日

独占! 無念の死 最後は寝たきりに 巨泉さん家族の怒り「あの医者、あの薬に殺された」 始まりはモルヒネの「誤投与」だった (一部抜粋しています)

確かに3度にわたるがんの手術と4回の放射線治療に加え、昨年の11月に発症した腸閉塞によるダメージは大きかった。だが、今年の4月に受けた在宅介護において医療機関モルヒネ系鎮痛剤の誤投与により極端に体力が低下したことも、死期を早めた可能性が少なからずある。

もしあの時、モルヒネを大量に投与されていなければ、もっと生きられたのではないか――。

冒頭の寿々子さんの言葉からは、そう悔やむ気持ちがひしひしと伝わってくる。

事の経緯を振り返る。巨泉さんが20年にわたり続けてきた、本誌コラム『今週の遺言』(6月27日掲載)の最終回にはこう書かれている。

 <3月27日に国立がん研究センター中央病院に緊急入院して検査をしたが、幸いがんは見つからなかった。(中略)CVポート(胸に埋め込む点滴補助器具)をすれば自宅での在宅介護で問題ないと言われ、がんセンターを4月5日に退院したのである。しかしこの在宅介護が大ピンチの始まりになろうとは神のみぞ知るであった。

 退院した5日の午後、我が家を訪ねてきた在宅介護の院長は、いきなりボクに「大橋さん。どこで死にたいですか?」と訊いてきた。以前にも書いたようにボクは既に死ぬ覚悟はできていたのだが、「エッ?俺もう死ぬの?」と呆然とした。次に「痛い所はありますか?」と訊くから「背中が痛い」と答えたら、直ぐにモルヒネ系の鎮痛剤のオプソやMSコンチンが薬局から大量に届いた。院長は毎日来るのだが特に何もしない。この頃からボクの記憶は曖昧になる>

http://wgen.kodansha.ne.jp/archives/34529/

どうでもいい、じじぃの日記。

今月12日に大橋巨泉さんが亡くなった。

巨泉さんはテレビの草創期から黄金期にかけて活躍した。一時代の終わりを感じさせる。

自分が病気がちなこともあり、闘病生活していた巨泉さんが書いた週刊現代『今週の遺言』をこの1年ほどずっと読んでいた。

6月27日掲載の最終回には、もう死を覚悟しているようなことが書かれていた。それから約20日ぐらいで亡くなっていることになる。

どうも、最後はモルヒネの過剰投与が原因らしい。

自分の意思を貫いて生きた巨泉さんだったが、最後の最後で正常な判断ができなくなって亡くなったような気がする。

じじぃの「科学・芸術_16_中国の紙の製法が西洋に伝わった訳」

06:21

El Cid 1961 1080p BluRay x264 anoXmous 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=LtuvHew1zi4

NHK高校講座 世界史 「第13回 十字軍の時代」

まずは、地中海の東にある、エルサレム旧市街を訪れます。

ユダヤ教キリスト教イスラームの3つの宗教の聖地です。

しかし、今も多くの宗教的対立が起こっています。

これまで、エルサレムをめぐって、さまざまな民族が争ってきました。

そのきっかけとなったのが、11世紀末に始まった十字軍の遠征でした。

https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/archive/resume013.html

エル・シド (映画) ウィキペディアWikipedia)より

エル・シド』(原題:El Cid)は、1961年制作のイタリアアメリカ合衆国合作の映画。アンソニー・マン監督。チャールトン・ヘストンソフィア・ローレン出演。

11世紀後半のレコンキスタで活躍したカスティーリャ王国の貴族エル・シドことロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール(Rodrigo Diaz de Vivar)の生涯を描いた作品。

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『逆説の世界史 2 一神教タブー民族差別 井沢元彦/著 小学館 2016年発行

遠征と聖地エルサレム キリスト教VSイスラム教連鎖する憎悪」の原点 (一部抜粋しています)

しかし、栄えたウマイヤ朝も内部の矛盾から崩壊していく。ウマイヤ朝は領内にいるイスラム教徒以外の異教徒に対して改宗は強制せず、そのかわりに税金人頭税)を納めさせていた。ところが、同じ税金アラブ人以外のイスラム教徒にも課していたのである。これはアラブ人優遇政策であり、明らかな不公平でもある。

そこで、「そもそもウマイヤ朝は正当なカリフであるアリーの子孫を虐殺するという不正によって成り立った王朝であるから従うべきではない」と考える人たち、つまりシーア派ウマイヤ朝の崩壊を策すようになった。もちろん、こういう動きは教義の違いに端を発することだが、シーア派の信者にはアラブ人優遇政策に反感を持つペルシャ人が多く、アラブ人とペルシャ人ではそもそも肌の色が違うことも、両者の対立に拍車をかけたかもしれない。

この対立を利用したのが、スンニー派アラブ人でありながらシーア派との協調関係を築くことに成功したハーシム家出身のサッファーフ(通称は「アブル・アッバース」)である。彼は750年にウマイヤ朝を滅ぼし、カリフの座を奪うことに成功した(カリフ在位750〜754年)。

アッバース朝(750〜1258年)の誕生である。

      ・

最終的に3つに分裂してしまったイスラム帝国のうち、最も有力だったアッバース朝が建国の翌年の西暦751年に、タラス河畔の戦いで当時の中国「唐」の大軍を破った。そこで捕虜となった唐人に製紙職人がいて、その結果、イスラム社会ひいては西欧社会に紙の製法が伝わったということは、文化史そして情報史上に大事件として特筆しておかねばなるまい。

現在の欧米社会には他の社会に対する歴史的偏見がある。英語「ペーパー(paper)」の語源はエジプトの「パピルスpapyrus)」であるが、パピルスは紙ではない。植物の繊維を張り合わせただけで、折りたたむと破損してしまう。だから巻物(スクロール)にするしかない。しかし、紙は植物の繊維を砕いて鋳物のように成形したもので、前後左右に折りたためるという決定的な長所がある。これによって初めて冊子(コーデックス)つまり一般に言う「本」を作ることが可能になった。これは人類の文明に対する偉大な貢献である。その功績は中国人のもので、エジプト人や欧米人のものではない。

      ・

後に蒸気機関を開発し、その力で世界を植民地化した欧米諸国は、現在までの世界の「勝者」であるが故に、昔は中国イスラム帝国に、学問や科学技術ではるかに及ばない時代があったということを封印したいらしい。

しかし、それは歴史上の事実ではない。なぜそんな偏見がはびこるかと言えば、1つは今述べたように彼らが「勝者」になったからだが、もう1つは一神教の偏見、つまり相手を「無信の徒」と見る感覚がその原因だろう。正しい神を信じていない人間が、正しい神を信じた人間より優れた技術を持つはずがない、という思い込みである。

そしてその思い込みが加速されたのが、まさに十字軍の時代であった。

それ以前はキリスト教徒イスラム教徒対立はそれほど深刻ではなかった。その証拠となる歴史的事実は、スペインの偉大な英雄「エル・シッド(El Cid)」の生涯である。

2016-07-27

じじぃの「人間には必ず役割と使命が与えられている・がん患者との対話!プライムニュース」

06:14

【紹介】明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい (樋野 興夫) 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=NIG04DPNJqw

一般社団法人 がん哲学外来トップページ

がん哲学外来とは

生きることの根源的な意味を考えようとする患者とがんの発生と成長に哲学的な意味を見出そうとする人との対話の場である

一般社団法人がん哲学外来理事長 樋野興夫

http://www.gantetsugaku.org/

明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい 樋野興夫著 来栖宥子★午後のアダージォ

http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/1fe2e8a09864539a8177105a92e3dca9

プライムニュース 「がん患者との対話 臨床医と病理医が語る 患者の苦悩を救う言葉」 2016年7月26日 BSフジ

キャスター秋元優里、反町理 【ゲスト】石飛幸三(特別養護老人ホーム 芦花ホーム常勤医)、樋野興夫(順天堂大学医学部教授 がん哲学外来理事長)

日本人の2人に1人が生涯で「がん」になる時代。こうした中、病理医の樋野興夫氏が開いたのが、がん患者とじっくり話す「がん哲学外来」だ。

医師とじっくり話すことで、患者にどんな変化があるのか?

この日は、がん哲学外来を行っている樋野氏と特別養護老人ホーム常勤医で、老衰による「平穏死」を提唱している石飛幸三氏を迎え、自分らしく生きるためには何が必要なのか、平穏な最期を迎えるためにはどうすべきなのか、議論する。

国立がん研究センターは、がんの治療開始から5年後に生存している人の割合が初めて6割を超えたことを発表。

治療技術の進歩により、がんは不治の病から長くつきあう病となりつつある。

樋野興夫教授が中心になって開いたがん哲学外来「メディカルカフェ」というイベントはがん患者や家族がリラックスして語り合える場になっている。

がんと診断された後の患者や家族の心のケアはどうあるべきか。

自分らしく生きるためには何が必要なのか、平穏な最期を迎えるためにはどうすべきかを考える。

反町理、「メディカルカフェについて」

樋野興夫、「がん哲学外来は大学で個人面談をする。カフェはみんなと一緒にカフェ・スタイルでやる。お互いが苦痛にならない存在になるための訓練の場。カフェで訓練をして1人になっても耐えられるメンタリティを訓練する。がんであってもなくてもみんな悩んでいる。がん哲学外来では医者と患者という目線ではなく、同じ人間として60分間お茶を飲む。15分くらい話すとなんでここに来たのかが分かる」

クオリティー・オブ・ライフ(生活の質)

クオリティー・オブ・デス(死の質)

樋野興夫、「人間は最期の5年間が勝負。それがクオリティー・オブ・デス。最期の5年間がどうだったかが、残された人間へのプレゼントになる。いいプレゼントを残して去っていく。お金や地位、名誉ではない。日々勉強。人生勇ましき高尚なる生涯が人生の目的。人間には必ず役割と使命が与えられている。自分の役割、性格をいかに完成させるか。弱音を吐いても良いが、人間として誠実に生きることだ」

石飛幸三、「クオリティーは自分の人生のクオリティーのことだ。いずれ最期がくることをしっかり見据えて、生きている今をしっかり生きる覚悟をすること。命より大切なものがある。どうせ命は終わるんだから。これで良かったと。もともとあった日本人の魂を呼び戻そうよ」

提言 「最期まで自分らしく生きるために」

石飛幸三 「自ずから然り」

 自分の一生だから、自分で良かったと思って最期を迎えたい。自然になるがままに生きていこう。

樋野興夫 「病気であっても病人ではない」

 病気は誰にでも起こる。しかし、人間には自由意志がある。いつも分かれ道に立っている。

前編:http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/index.html?d160726_0

後編:http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/index.html?d160726_1

じじぃの「人の生きざま_668_杉山・治夫(免疫学者・医師)」

06:11

 世界で認められたWT1ペプチド

WT1ペプチド特許技術 東京ミッドタウン先端医療研究所

杉山治夫教授(大阪大学大学院教授)等の研究発表により、「WT1ペプチド」の人工抗原の存在が発見されました。これは、ほぼ全てのがん(白血病等の血液がんも含む)に存在するがん組織(抗原)であることが明らかになり、今では世界でも有名ながんの抗原(がんの特徴)の一つとなっています。

WT1ペプチドは米国癌研究会議(AACR)の学会誌であるClinical Center Reseach誌(2009年15巻5323〜37頁)において、75種類のがん抗原の中で最も優れている(1位)との評価を受けました。

http://www.midtown-amc.jp/care/immunity/03.html

ワクチン免疫療法でがん治療の未来を変える Osaka University

杉山治夫(すぎやま・はるお)1949年大阪府生まれ。大阪大学医学部卒。医学部第3内科助手、講師を経て95年、病態生体情報学教授。2003年から医学研究科機能診断科学教授。

趣味を問うと「こんな面白い研究をやっているとわくわくして、趣味どころじゃない」。http://www.osaka-u.ac.jp/ja/research/files/inspiring_science.pdf

免疫が挑むがんと難病 現代免疫物語beyond』 岸本忠三/中嶋彰/著 ブルーバックス 2016年発行

制御性T細胞の物語 より

免疫細胞は誕生した直後に、胸腺という特殊な組織で身内の「顔」をしっかり記憶し、仲間を決して攻撃しないように教育されている、とかつての免疫学は教えていた。

だが、それはいささか楽観的すぎたようだ。最近の研究では、胸腺にも手抜かりや不手際が少なからずあり、教育不行き届きの免疫細胞を送り出していることがわかってきた。私たちの体にはわが身を敵とみなす恐ろしい自己反応性の免疫細胞がたくさんうろついていて、正常な臓器や組織を攻撃してしまうのだ。

おっかない保安官ならぬ免疫細胞たちがそうやって実際に引き起こす病気が、自己免疫疾患なのである。

骨が溶け、最後には関節まで破壊されてしまう関節リウマチ膵臓インスリン生産細胞が破壊されてしまう1型糖尿病、脳や脊髄神経細胞を覆う膜が攻撃されて多発性の硬い病巣組織ができる多発性硬化症など枚挙にいとまがない。

成人T細胞白血病との戦いの物語 より

成人T細胞白血病を引き起こす犯人は、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)という病原体だ。このウイルス感染者は約110万人、日本の人口の約1%に相当するというから、決して少なくない。

いったん発病してしまったら、本人と家族には厳しい覚悟が求められる。病状は重篤だ。骨髄移植などの造血幹細胞移植ができなければ、発症してからの余命は半年から1年が、しばらく前までの通例だった。この病気は白血病の中でも難治性で、致死性が高いがんである。

救いがあるとすれば、この病原体が長期間、”おとなしく”していることで、キャリアと呼ばれる感染者となっても、9割以上の人は発病せずに天寿を全うできる。40歳を超えるまではほぼ発病することはない。だから「成人」T細胞白血病と呼ばれるのだ。

不思議なのは、この病気が日本とラテンアメリカカリブ海地域にしか見られない感染症であることだ。病気を起こすウイルスは、とても偏りのある広まり方をしたらしい。日本国内でも、発病には著しい偏りがみられる。患者の大半が九州四国沖縄に集中しているのだ。

     ・

白血病の治療で、杉山の検査方法は大きな効果を発揮した。ここに白血病にかかった人がいて、抗がん剤による治療を受けたとしよう治療が高価を発揮し症状が好転したら、やがて医師はこう告げるだろう。「よかったですね。寛解状態になりましたよ」と。

だが、楽観は禁物だ。抗がん剤の投与によって、当初、患者の体内にあった膨大な数の白血病細胞は急速に減っていく。しかし杉山によると、たとえ寛解にいたったとしても、体内にはなお少なからぬ白血病細胞が残っている、という。

従来は容態が好転したように見えるとき、医師はカンと経験を動員して「もう少しこれまでの治療を継続したほうがいい」だとか「もう治療をやめてもいい」などと判断していた。しかし、そうしたやり方は、実は裏づけに乏しいものだったのだ。

それに比べて、杉山の開発した方法は科学的で実践的だった。患者の体内に残っている白血病細胞がどれほどあるのかを定量的に把握し、治療の継続・中止を判断できる的確なデータを現場の医師に提供できたからだ。

杉山の研究成果には製薬会社大手の大塚製薬が注目した。急性骨髄性白血病の検査薬として厚生労働省に製造承認を申請し、2006年に異例の速さで認められた。翌年には医療保険も適用された。現在では「白血病を治療するために不可欠で、特に病気の再発を早期に診断するのに最適」との評価が固まり、海外にも利用が広がりつつある。

2016-07-26

じじぃの「未解決ファイル_283_遺伝子治療・ALS」

06:08

20140414HeartnetTV Breakthrough File02 広告プランナー“ヒロ” 難病ALSとの闘い 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=5ir52LaiCZ0

笑顔の約束 「〜難病ALSを生きる〜」 バラ動画 FC2

http://varadoga.blog136.fc2.com/blog-entry-54230.html?no=54235

筋萎縮性側索硬化症ALS (protein.bio.titech.ac.jp HPより)

アイス・バケツ・チャレンジから2年、ALS研究で成果続々 2016.07.28 CNN.co.jp

2014年にバケツに入った氷水を頭からかぶって筋萎縮性側索硬化症ALS)患者の支援を訴える「アイス・バケツ・チャレンジ」が始まったが、米ALS協会は28日までに、こうしたキャンペーンを通じて集まった資金ALSの原因となる遺伝子の特定につながったと発表した。

マサチューセッツ大学メディカル・スクールには100万ドルが割り当てられた。同大学のプロジェクト「MinE」により、ALSの原因となる遺伝子「NEK1」が特定された。これは新しい治療法につながる可能性がある。

http://www.cnn.co.jp/fringe/35086564.html

研究成果(西頭) 東京大学大学院薬学研究科

筋萎縮性側索硬化症ALS)における小胞体ストレスを介した運動神経細胞死の新規分子メカニズム

筋萎縮性側索硬化症Amyotrophic lateral sclerosisALS)は、筋萎縮が全身に広がり、歩行困難、言語障害嚥下障害、呼吸障害におよび、人工呼吸器装着を施さなければ発症後3〜5年で死に至るきわめて重篤な疾患である。全ALS患者のうち約10%が家族性で、そのうち約20%がSOD1遺伝子変異による。

http://www.protein.bio.titech.ac.jp/result/result_nishitoh1.html

『絵でわかる遺伝子治療 野島博/著 講談社 2014年発行

筋萎縮性側索硬化症 (一部抜粋しています)

宇宙論ブラックホールの研究で有名なホーキング博士(S・W・Hawking)が罹患している筋萎縮性側索硬化症ALS)は、筋肉萎縮と筋力低下を起こす神経変性疾患です。発病すると病状が徐々に進行し、半数ほどが発症後5年以内に呼吸筋の麻痺により自力で呼吸ができなくなって死亡します。しかし、生活の質は落ちるものの長生きされる方もおられるので、罹患しても希望をもっていきましょう。実際、延命できます。ホーキング博士の場合は学生のころに罹患しましたが、途中で進行が急に弱まったそうで、発症から50年以上たっても健在でおられます。対症療法としては、呼吸筋麻痺が起こると人工呼吸器を装着します。約9割は遺伝性ではなく、成人になってから(好発年齢は40〜60歳代)未知の原因により発症します(これを孤発性とよびます)。残り1割は遺伝性で、一部の患者では原因遺伝子が同定されています。

家族性のALS1(常染色体優生遺伝)では21番染色上のSOD1(スーパーオキサイドジスムターゼ1)遺伝子の機能獲得性変異が最も高頻度で見出されます。小胞体膜貫通タンパク質であるダーリン1(Derlin-1)は、変異型SOD1が特異的に結合する標的タンパク質で、その結合が細胞の小胞体ストレス応答が惹起されて運動神経細胞死(アポトーシス)が誘導されます。その結合部位はダーリン1の細胞質側に存在する12アミノ酸からなる領域(CT4ペプチド)なので、CT4ペプチドを細胞内に導入することで変異型SOD1とダーリン1の結合が阻害され、小胞体ストレスの誘導ならびに運動神経細胞死を抑制することができます。野生型SOD1にはもともとダーリン1結合部位が存在するのですが、変異によりこの結合部位が露出されることでダーリン1と結合するようになるのです。実際、ALSの変異型SOD1は130種類以上も知られていますが、そのすべてが共通してダーリン1と結合します。

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どうでもいい、じじぃの日記。

暇なもので、病気に関する本をこの頃よく見ている。

筋萎縮性側索硬化症ALS)は、筋肉萎縮と筋力低下を起こす神経変性疾患です。発病すると病状が徐々に進行し、半数ほどが発症後5年以内に呼吸筋の麻痺により自力で呼吸ができなくなって死亡します」

「実際、ALSの変異型SOD1は130種類以上も知られていますが、そのすべてが共通してダーリン1と結合します」

難病ALS(萎縮性側索硬化症)の原因は突き止められたようだ。

簡単に言えば、タンパク質ダーリン1というのにくっついている変異型SOD1遺伝子を取り除けばいいらしい。

2014年 テレビ朝日 笑顔の約束 「〜難病ALSを生きる〜」を観た。

難病ALSを患って亡くなった睦美さんは「私で良かった」と話していた。

こんな人もいるんだ。

じじぃの「人の死にざま_1715_樋口・季一郎(陸軍軍人・関東軍)」

06:06

 満州国blog.zaq.ne.jp HPより)

偉大な日本人「2万人のユダヤ人を救った正義の人」樋口季一郎物語(上) Actionなう!

陸軍きってのロシア通「樋口季一郎

樋口は1888年明治21年)8月20日、兵庫県淡路島において奥浜久八とまつ夫妻の間に長男として生まれた。11歳の時に両親が離婚し、樋口は母方の実家に引き取られるが、18歳で岐阜県大垣市の樋口家の養子となり、以降樋口姓を名乗っている。

http://action-now.jp/archives/6377

エルサレムにあるゴールデンブックの4番目に刻まれた日本人

杉原千畝氏を「東洋のシンドラー」として絶賛する番組は多くある。

しかしこの杉原千畝氏より多くのユダヤ人を助けた樋口季一郎氏を扱う番組が皆無なのは何故か?氏はイスラエル建国の功労者の氏名が刻み込まれた、エルサレムにあるゴールデンブックにその氏名が刻み込まれている。

http://blog.goo.ne.jp/ss007_2007/e/3e641909f291165c7fd4a434db5b193d

『教科書が教えない歴史』 藤岡信勝自由主義史観研究会/編 産経新聞社 1996年発行

関東軍軍人に救われたユダヤ人 (一部抜粋しています)

ユダヤ人を助けた日本人は外交官杉原千畝だけではありません。陸軍軍人だった樋口季一郎少将(後に中将)は満州(現中国東北部)で2万人のユダヤ人難民の生命を救いました。

樋口はポーランド駐在武官として勤務していた昭和初年、ソ連国内を1ヵ月ほど旅行しました。どの地方も貧しく、中でもグルジア地方の貧困は目をおおうものがありました。この地で一人のユダヤ人の老人から次のような不思議な話を聞かされました。

「日本は太陽の昇る国で天皇という方がいる。その天皇こそがメシア救世主)なのだと思う。あなたたち日本人はわれわれユダヤ人が悲しい目にあったとき、いつかどこかできっと助けてくれるにちがいない」。ユダヤ人ソ連国内でも迫害された民族だったのです。

それから十年後の1937年(昭和12年)8月、樋口は満州関東軍ハルピン特務機関長として赴任しました。特務機関長というのは軍の裏方的な役目です。

翌1938年3月8日、樋口のもとに重大な情報がもたらされました。満州と国境を接したソ連領のオトポールの駅で吹雪の中、2万人のユダヤ人が立ち往生しているというのです。ナチスの迫害をのがれ、零下30度のシベリアから3千キロを無蓋(むがい)列車につめこまれてきて、満州国の外務部(外務省)に入国を拒否されたためでした。

ヒトラーが率いるドイツ1933年からユダヤ人の迫害を始めました。日本は、ソ連とその共産主義の脅威に対抗するために、ドイツとの間に日独防共協定を終結しました。こうした中で、日本と一体の関係にあった満州国は、ユダヤ人の入国を認めると関東軍の意向に反することになるのでは、と恐れたのです。

樋口のもとには難民を助けてほしいとの切実な訴えがきました。樋口の権限は限られ、ことによっては全陸軍相手にし、クビを覚悟しなければできない行動でした。しかし、樋口は決断しました。満鉄総裁・松岡洋祐(後に外相)に電話をし救出列車の手配を要請しました。満州国にもユダヤ人の入国許可を働きかけました。

2日後の3月12日、ハルピン駅に難民をのせた列車が到着しました。救護班が車内にとびこみ、病人や凍傷で動けない人たちをタンカで運びだしました。凍死者十数名。救援列車の手配がもう1日おくれたら、これだけの犠牲ではすまなかったはずです。

案の定、ドイツは日本に強硬な抗議をしてきました。樋口は関東軍司令部に呼び出され尋問を受けましたが、処罰はされずにすみました。

戦後、ソ連は樋口を戦犯として引き渡すよう要求しました。日本を占領下アメリカマッカーサー総司令官はこれを拒否しました。樋口に助けられたユダヤ人たちが、アメリカ政府に「樋口を救え」と運動したのです。

2016-07-25

じじぃの「高齢者・エアコンを使わない習慣が熱中症を引き起こす!家庭の新医学」

06:09

じじぃばばぁはエアコンを使いましょう (senior-lifehack.com HPより)

高齢者が室内で熱中症になりやすい原因は?対策と予防方法 シニアライフハック

熱中症といえば暑い真夏に炎天下で作業をしている人がなりやすいものというイメージがありますが、高齢者の方の中には6月の梅雨時期から室内にいても熱中症の症状(めまい・立ちくらみ・頭痛・吐き気など)が出ることも。

なぜ室内でも熱中症になるのか?その原因と予防、高齢者が気をつけたい熱中症対策のポイントをまとめ。

http://senior-lifehack.com/health/nechusho-shitsunai-genin/

エアコンに冷房と暖房かありますが、冷房の25℃と暖房の25℃は同じ温度ではないと思います 2009/11/3 Yahoo!知恵袋

回答

冷房25℃設定は・・・8℃程度の冷風をだして、エアコンの吸い込み温度が25℃になるまで、冷房運転すること。

暖房25℃設定は・・・60℃程度の温風を出して、エアコンの吸い込み温度が25℃になるまで、暖房運転をすること。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1132542646

『読むだけで健康でいられる家庭の新医学 東茂由/著 KAWADE夢文庫 2015年発行

エアコンを使わない習慣が熱中症を引き起こす より

非常に暑かった2015年の夏、熱中症で倒れる人が続出しました。消防庁の発表によると、消防庁が調査を始めた4月27日〜8月30日までの間に熱中症で救急搬送された人は、5万4552万人にのぼりました。

体温や発汗は自律神経がコントロールしており、暑さを感じると汗をかいて体の外へ熱を逃がして、体温が上がり過ぎないように体温を調節しています。

しかし、気温や湿度が高い環境の中では、自律神経のバランスが崩れやすくなり、熱中症を引き起こします。気温や湿度が高いと、汗をたくさんかき、体内の水分は失われ、体温が上昇します。日本の夏は気温だけでなく湿度も非常に高いので、そのことも体に大きく影響します。

熱中症医療機関に救急搬送される人の半数は高齢者です。しかも、室内で熱中症になるケースがかなりの割合を占めています。いったいなぜでしょうか。

年をとると、体温調節の機能が低下するので、体温の上昇に鈍感になります。また、脱水しやすいし、脱水を察知する感度が鈍くなります。そのためでしょうが、汗をたくさんかいても、水分をあまり補給せず、その結果、熱中症になってしまうのです。

しかも、エアコンを使わないことが、室内で熱中症を引き起こす要因になっていると考えられています。高齢の人は一般に、若い世代と違い、エアコンを使いたがらない傾向にあるからです。

さらには、お金を節約するために、エアコンがあるのに使わない傾向もあるようです。しかし、高齢になると室内でも熱中症になりやすいことを認識し、室内にはエアコンを使い、水分をしっかり補給するべきです。

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どうでもいい、じじぃの日記。

今年も暑くなりそうです。

高齢になると室内でも熱中症になりやすいことを認識し、室内にはエアコンを使い、水分をしっかり補給するべきです」

私は扇風機派です。じじぃばばぁにもいろいろ事情があるんです。

じじぃの「神話伝説_164_イシュマエル(イスラム教の祖)」

06:06

Inside Mecca, view of Kaaba 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=YzAJIXwc49A

カーバ神殿サウジアラビアメッカ

『逆説の世界史 2 一神教タブー民族差別 井沢元彦/著 小学館 2016年発行

イスラム教と『コーランの謎』 (一部抜粋しています)

アッラーユダヤ教を否定しているわけではない。神は唯一という点で、ユダヤ教イスラム教は完全に一致しており、いわゆる『タナハ(旧約聖書)』の神話イスラム教は認めていると考えられる。つまり、ユダヤ教徒が「ヤハウェ」と呼ぶ存在を、イスラム教徒は「アッラー」と呼んでいるのだ、と考えた方が理解しやすいかもしれない。

では、ユダヤ教イスラム教はどこが違うのか?

要するに、「ユダヤ教が伝えている神の事績は基本的には正しいが、完全ではない。神の完全なメッセージをこの世にもたらしたのが、最後の預言者ムハンマドである」とするのである。

イスラム教以前の「不完全」はどこから生じたのか?

始まりはアブラハムだ。彼はユダヤ教においては、すべてのユダヤ人の祖であり、最初の預言者である。そしてイスラム教では、アブラハムはすべてのアラブ人の祖でもある、と考える。

イスラム教ではアブラハムを「イブラーヒーム」と呼び、彼の時代の信仰こそ完全な一神教であったのだが、その後、ユダヤ教はその完全性を失った。そしてキリスト教が「神の被造物(神の造ったもの)にすぎないイエス」を神とすることによってさらに不完全な一神教となった。そこで神はムハンマドをして本当の一神教を啓示したのだ、とするのである。

アブラハムの息子でムハンマドの直系の祖先とされているのは、アブラハムの長男イシュマエル(Ishmael)であるが、彼は奴隷女を母とする庶子であったためか、ユダヤ教ではそれほど重要な存在ではない。

ここで前に述べた、『タナハ』のアブラハムに関する説話を思い出していただきたい。

アブラハムの妻は高齢でもう子供ができる見込みがないと思ったので、夫に自分以外の女性を勧めたのである。その女性の産んだ子がイシュマエルだ。その後、神はその力でアブラハムの正妻に子供を授けた。正妻は超高齢出産嫡子イサク(Isaac)を産んだ。アブラハムは狂喜したが、神はその子を犠牲として差し出すように命じた。彼の信仰を試すためである。犠牲の祭壇で、アブラハムが我が子イサクを神に捧げるためにまさに殺そうとした瞬間、神は「もう良い」とそれを止めた。

つまりユダヤ教においては、「主役」は嫡子イサクであって庶子イシュマエルではない。

しかしイスラム教においては、いったんは砂漠に追放されたちするイシュマエルこそ、ムハンマドの直系の祖先であり、この世に完全な一神教を広めるためのつなぎの役割をしたと評価するのである。

イブン・ヒシャームは『預言者ムハンマド伝』の冒頭で、ムハンマドから遡ってアダムに到る50人の人名を列記した後、次のように述べている。

  私は本書で最初に、神の使徒ムハンマドのこと)の直系の父祖イシュマエル・ブン・アブラハムとその子孫について述べる、イシュマエルから神の使徒に到るまでを、一人一人順を追って、彼らに関する話とともに述べる。神が望み給えば。

   (『預言者ムハンマド伝 1』 第2節 イブン・イスハーク 著、イブン・ヒシャーム 編註、後藤明 訳、医王秀行訳、高田康一訳、高野太輔訳 岩波書店刊)

この「神が望み給えば」(原語「イン・シャーア・アッラー」)というのも、「バスマラ」と並んでイスラム教を理解するために重要な言葉である。この世のことはすべて神が支配している。だから未来のことを話す場合には、必ずこう付け加えなければならない。そのおとも『コーラン』に明記してある。

  何事によらず、「わしは明日これこれのことをする」と言いっ放しにしてはならない。必ず「もしアッラーの御心ならば」と(つけ加える)ように。もし忘れたら、主の御名を唱え、「おそらく主は私を導いて、これよりもっと正道に近いところへお連れ下さるであろう」と言うように。   (『コーラン』「18 洞窟」の章第23節)

神は完全であっても被造物たる人間は完全ではない。最高の預言者ムハンマドといえども、この例外ではない、『預言者ムハンマド伝』「第6章 メッカでの布教」第65節には、ムハンマドが最後におの言葉を忘れたため、神の啓示が予定通りに来なかったというエピソードを述べている。ところで、砂漠に追放されたイシュマエルはその後どうしたのか?

アブラハムと力を合わせて、いわゆる「カーバ神殿」を建立したのである。

カーバ神殿」とは、アラビア半島の、現在はサウジアラビア王国メッカにある正面の幅約10メートル。奥行約12メートル、高さ約15メートルの石造立方体形の建造物で、1枚の黒い布で覆われている。イスラム教徒にとっては、地上で最も神聖な建造物である。

そのためイスラム教徒には、毎日5回のカーバに向かっての礼拝と、一生に最低一度のカーバへの巡礼が義務づけられている。巡礼者はその際、カーバの一隅にはめ込まれた聖なる「黒石(Black Stone)」に接吻するのが通例となっている。