チェーホフ原作のバレエ&ダンス
今年はロシアの劇作家、アントン・チェーホフの生誕150年ということで様々なイベントや上演が行われた。東池袋のあうるすぽっとでは「あうるすぽっとチェーホフフェスティバル2010」が、シアターχでは国際舞台芸術祭IDTF「チェーホフの鍵」が開催されている。前者では、矢内原美邦ダンス公演『桜の園〜いちご新聞から〜』が上演され、後者でもダンス団体やアーティストが参加した。
今さらながらであるが、チェーホフ原作あるいはその作品に想を得たバレエ・ダンス作品はどれくらいあるのだろうかと気になった。主なもので思いつく限り挙げてみよう。
お膝元のロシアで作られたもので、もっとも人口に膾炙しているのは、おそらくマイヤ・プリセツカヤ振付・出演『かもめ』(1979)だろう。音楽は夫君のシチェドリン。シチェドリンは他にも一幕もののバレエ『犬を連れた奥さん』(1985)の作曲を手掛けている。そして、「頸にかけたアンナ」をもとにした『アニュータ』(1986)もチェーホフ原作だ。振付はボリショイ・バレエの雄ウラジーミル・ワシリエフで、昨年亡くなった公私に渡るパートナー・エカテリーナ・マクシーモワとの演技は伝説的である。
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欧州で活躍する振付者もチェーホフ作品に題材を得ている。もっともポピュラーなのはケネス・マクミラン晩年の名作『三人姉妹/原題:Winter Dreams 』(1991年全幕初演)だろう。ダーシー・バッセルが初演したことで知られる別れのパ・ド・ドゥは特に有名で、ガラ・コンサートでも上演される。近年はシルヴィ・ギエムが当たり役としているのは周知のとおり。『かもめ』といえば先述のプリセツカヤ版が知られるが、近年、ハンブルク・バレエのジョン・ノイマイヤーが2002年に振付けてもいる。人物の設定を女優と作家からダンサーと振付家に替えたもののようで機会があればぜひ観てみたいものだ。
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Thiago soares and Marianela Nunez Winter Dreams Pdd
わが国のものでは、昨年、金森穣/Noismが 『Nameless Poisn〜黒衣の僧』を発表したのが記憶に新しい。チェーホフの小説「黒衣の僧」「六号病室」をもとに膨らませたもので、チェーホフ国際演劇祭との共同制作作品。チェーホフ作品の底流にある苦悩を現代に通じる普遍的なものとして捉えている。自己と他者との間のコミュニケーション不全や無名性のなか彷徨する現代人の実相を怜悧に描いた傑作だと思う。が、年度末前後の時期に上演されたためか、あまり話題にならなかったのは残念だった。
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また、2006年に現代舞踊界の大御所・金井芙三枝が長年つづけた自らのリサイタルのファイナル・踊り収めに選んだテーマがチェーホフだった。主演と台本を手掛けた2作はともにすばらしい出来ばえ。『未亡人』は、笑劇「熊」を題材に二見一幸が振付けたもの。熊のような大男と対決する未亡人を描く。二見はデフォルメされた動きの面白さを出してシニカルな味を描出した。それに黒のドレス姿で舞いことに手の動きが雄弁な金井の踊りが忘れられない。『可愛い女』は小説「可愛い女」から想を得て創作されたものだ。振付は上田遥。不慮の事故等で愛するものを続けて喪いながらも、愛し、愛されたいという強い願望を持つ“可愛い女”を感動的に描いた好編である。当時御年75歳であった金井の、可愛らしさと、枯れを知らない瑞々しい感性に感じ入ったのだった。
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