競馬のレースは、競走馬の他に騎手、調教師、生産者、種牡馬繁殖牝馬など多くの主体の影響の重ね合わせで成り立っているから、レース結果から一つの主体の影響だけを取り出して論じることは難しい。騎手ごと、種牡馬ごとに集計しただけのリーディングサイアーリーディングジョッキーの情報には、他の主体からの影響がまだたっぷり残っている(だから、「あの種牡馬繁殖牝馬が良いだけ」、「あの騎手は良い馬に乗ってるだけ」と常に論難の的になる)。種牡馬統計から繁殖牝馬の影響を除くために使ったコンパラブルインデックスの方法は、要するに、他の主体の影響の中からその最たるものを割り引いてみようという試みだった。ここでは、同じ方法を用いて、騎手統計から騎乗馬の質(馬質)の影響を除くことを試してみたい。
コンパラブルインデックスのアイデアが「当該種牡馬の成績から、繁殖牝馬が他の種牡馬と組んだときの成績を引く」というものだったのと同様に、ここでの目標は「当該騎手の成績から、騎乗馬が他の騎手と組んだときの成績を引く」ということになる。「成績」としては「勝率」を取り上げる。種牡馬のときにように「賞金」としなかったのは、例えばある騎手が後の名馬の新馬戦に騎乗して勝ったにもかかわらず、その後乗り替わりになった場合などに過小評価の度合いが大きくなってしまうから(ウオッカ鮫島克也騎手など)。
下に計算結果を示した「比較勝率」は、「当該騎手が騎乗した競走馬に、他の騎手が騎乗したときの勝率」を指し、一般に言われる「馬質」の表現になっている。与えられた馬質を基準に、どれだけ成績を上積みできたかで測られる騎手の能力は、「+勝率」(=勝率 - 比較勝率)で示さる。対象レースは平地競走に限定する。
まず、1992年から2014年までに、1000回以上の騎乗数があり、「+勝率」が0以上の騎手をこの順に並べてみる。

騎手名 騎乗数 勝率 比較勝率 +勝率
武豊 15469 20.34% 10.16% 10.18%
岡部幸雄 7248 17.84% 10.15% 7.68%
柴田政人 1426 16.27% 8.71% 7.56%
安藤勝己 6588 16.85% 10.03% 6.81%
横山典弘 15427 14.81% 10.21% 4.60%
河内洋 6071 13.97% 10.14% 3.82%
岩田康誠 8859 13.56% 10.23% 3.32%
蛯名正義 16730 12.80% 9.56% 3.24%
藤田伸二 14537 12.72% 9.54% 3.18%
菅谷正巳 1591 8.36% 5.41% 2.95%
南井克巳 4057 11.93% 9.13% 2.80%
内田博幸 6593 12.86% 10.14% 2.73%
福永祐一 13814 12.36% 9.90% 2.45%
松本達也 1433 10.96% 8.56% 2.40%
柴田善臣 16158 11.70% 9.56% 2.14%
的場均 5622 11.28% 9.14% 2.14%
中舘英二 15461 10.41% 8.45% 1.96%
川田将雅 6887 11.73% 9.79% 1.94%
後藤浩輝 12803 11.20% 9.31% 1.89%
戸崎圭太 2821 11.98% 10.18% 1.80%
四位洋文 12102 11.98% 10.27% 1.71%
山田和広 1332 9.68% 7.99% 1.69%
松永幹夫 9260 11.13% 9.68% 1.45%
浜中俊 6187 10.88% 9.43% 1.45%
本田優 5069 9.49% 8.23% 1.26%
西浦勝一 1279 8.91% 8.20% 0.71%
松永昌博 2098 8.82% 8.15% 0.67%
田原成貴 2524 10.46% 10.02% 0.44%
小島貞博 1229 9.76% 9.35% 0.42%
田島信行 2005 8.53% 8.13% 0.39%
佐藤哲三 9692 8.88% 8.51% 0.38%
大西直宏 4855 7.93% 7.64% 0.29%
田中勝春 16420 9.41% 9.34% 0.07%
北村宏司 11893 9.23% 9.16% 0.07%
土肥幸広 3347 8.10% 8.04% 0.06%
村本善之 3133 9.10% 9.09% 0.01%

1000回以上の騎乗数がある騎手は215人もいるのに、「+勝率」>= 0の条件を加えると36人しかいない。騎手のパフォーマンスの平均値は、一部のエリート騎手によって大きく押し上げられていることが分かる。加えて「比較勝率」のカラムを眺めると、いわゆる「馬質」には一般に信じられているほどの格差がないことも見てとれる。

  • Honorable mention
騎手名 騎乗数 勝率 比較勝率 +勝率
玉ノ井健 285 8.42% 5.97% 2.45%
岡潤一郎 482 9.34% 7.97% 1.36%

いずれも惜しまれて夭逝した騎手だが、このデータにも、将来を嘱望されていた彼らの有能性が現れている。
次は同期間の外国人騎手のデータ。

騎手名 騎乗数 勝率 比較勝率 +勝率
デットー 82 21.95% 11.60% 10.35%
デザーモ 596 20.30% 11.09% 9.22%
ペリエ 2292 16.54% 10.96% 5.57%
ホワイト 316 15.82% 10.40% 5.43%
スミヨン 264 17.05% 11.80% 5.24%
ソト 122 13.11% 8.19% 4.93%
ムーア 351 17.38% 13.46% 3.91%
デムーロ 2378 14.89% 11.14% 3.75%
リスポリ 254 15.75% 13.65% 2.10%
デムーロ 477 13.63% 12.27% 1.36%
サンチェ 124 11.29% 9.94% 1.35%
ルメール 1964 12.47% 11.16% 1.31%

デットーリデザーモの成績は武豊のそれに匹敵しているが、活躍期間の長さを考えれば、この二十年の日本競馬に覇者が誰であったのかは明らかだろう。年度毎のトップパフォーマーを見てみるとそれはさらに歴然となる。

騎手名 騎乗数 勝率 比較勝率 +勝率
1992 岡部幸雄 569 22.67% 11.21% 11.46%
1993 岡部幸雄 495 23.03% 11.09% 11.94%
1994 武豊 575 23.13% 10.54% 12.59%
1995 岡部幸雄 580 20.86% 10.81% 10.05%
1996 武豊 755 21.06% 9.67% 11.39%
1997 武豊 722 23.27% 9.59% 13.68%
1998 武豊 749 22.56% 8.91% 13.65%
1999 武豊 809 22.00% 9.74% 12.27%
2000 武豊 552 23.55% 10.83% 12.72%
2001 ペリエ 128 19.53% 10.00% 9.53%
2002 武豊 457 29.10% 11.96% 17.14%
2003 デザーモ 159 25.16% 11.92% 13.23%
2004 武豊 912 23.14% 10.91% 12.23%
2005 武豊 855 24.80% 11.44% 13.35%
2006 武豊 790 22.53% 11.44% 11.09%
2007 安藤勝己 571 23.82% 10.70% 13.12%
2008 武豊 653 21.90% 10.76% 11.13%
2009 安藤勝己 414 21.01% 9.47% 11.54%
2010 横山典弘 594 20.20% 11.46% 8.74%
2011 安藤勝己 245 18.78% 10.51% 8.27%
2012 横山典弘 621 18.04% 10.24% 7.79%
2013 川田将雅 724 16.57% 8.55% 8.02%
2014 ムーア 103 22.33% 12.47% 9.86%

武豊にとって2002年は、フランスに拠点を置きながら、フランスがオフシーズンとなる秋冬季のみ日本で騎乗して全国リーディングを獲得、「逆遠征」のダービーをタニノギムレットで制覇、1日8勝、連対率0.435など記録ずくめの一年だった。この一年を「比較勝率」の観点からみると、他の騎手が乗って勝率11.96%の馬に、29.10%の勝率を上げさせた年ということになる。
最後に2014年の上位30傑。

騎手名 騎乗数 勝率 比較勝率 +勝率
ムーア 103 22.33% 12.47% 9.86%
川田将雅 573 16.58% 9.78% 6.80%
戸崎圭太 972 15.02% 9.23% 5.79%
ブドー 73 12.33% 7.33% 5.00%
福永祐一 751 15.71% 11.07% 4.64%
浜中俊 835 14.97% 10.35% 4.62%
岩田康誠 905 15.03% 10.43% 4.60%
蛯名正義 827 12.94% 8.46% 4.48%
ベリー 169 11.83% 7.44% 4.40%
北村宏司 1016 11.52% 8.28% 3.23%
的場勇人 224 6.25% 3.15% 3.10%
松若風馬 599 7.85% 4.92% 2.93%
武豊 672 12.80% 9.93% 2.87%
小崎綾也 503 7.55% 4.85% 2.70%
柴山雄一 608 8.06% 5.62% 2.44%
菱田裕二 727 8.80% 6.54% 2.26%
横山典弘 644 11.80% 9.66% 2.14%
池添謙一 503 8.95% 6.82% 2.13%
田辺裕信 835 8.98% 6.86% 2.12%
吉田隼人 603 8.62% 6.67% 1.95%
三浦皇成 779 9.37% 7.66% 1.71%
城戸義政 395 3.80% 2.21% 1.59%
C.デム 103 11.65% 10.08% 1.57%
菅原隆一 68 2.94% 1.41% 1.53%
小牧太 681 9.10% 7.68% 1.43%
岩部純二 117 4.27% 3.11% 1.17%
長岡禎仁 436 4.13% 2.97% 1.16%
ルメール 144 15.28% 14.14% 1.14%
内田博幸 709 9.45% 8.32% 1.13%
勝浦正樹 644 7.14% 6.45% 0.70%

今は「+勝率」10%を超える騎手が過去5年にわたって出ていない、スーパージョッキー不在の時代。その中でトップに押し出されているのは川田将雅福永祐一の馬質は確かに恵まれているが、馬質以上の成績を残しているのだから、良い馬に乗っている「だけ」とも言えない。評価の高かった新人、松若風馬小崎綾也の残した数字は、過去に三浦皇成上村洋行松山弘平などが残したものに匹敵している。