イタリアの文化的お宝紹介「京都ドーナッツクラブ」ブログ

2013-11-14

11月9日 西尾孔志監督トークショー@第七藝術劇場

 レイトショーの後ということで、少し遅めに始まったトークショー。この日上映された2本の映画、『フィルムがない!』(Il caricatore, 1996)と『ただ彼女と眠りたかっただけなのに』(Volevo solo dormirle addosso, 2004)を鑑賞された西尾孔志監督が、ドーナッツクラブの野村雅夫、有北雅彦と共に登壇。自らの経験も踏まえつつ、カプッチョ作品の感想を語られました。

 まず、三人の若者が苦労しつつも映画を撮る姿を描いた半メタ映画『フィルムがない!』。若手の監督なら誰しもが通る前衛色の強い作品と評されました。新人ゆえに何をやっても平気という気概を感じるし、その意味で微笑ましく鑑賞させてもらったとのこと。日本映画界の現状を見てみると、まさに作中のカプッチョたちのような、駆け出しの映画製作者はたくさんいて、もちろん西尾監督自身もそのひとりだったそうです。ご自身も過去に、撮影の待ち合わせ場所に行ったら、他に誰も来なかったというつらい経験があるそうです。スタッフが全員逃げてしまったにも関わらず、一からまたスタッフを集め直して映画を撮り終えたのだとか。どんなにつらくても「とにかく撮らなきゃいけない!」という情熱は、まさに『フィルムがない!』の三人にも通じるものがあるように思います。

 次に、企業に勤める青年が期限付きで25人リストラにすることを課される『ただ彼女と眠りたかっただけなのに』。『フィルムがない!』とは打って変わって、しっかりまとまった劇映画との評。ステレオタイプであるがゆえに、イタリア人がいかなる人間かがよく描けているし、それと対比する他の人種も上手に挿入されている。日本の同種の劇映画では、このように社会問題に迫る作品は意外と少ないそうです。

 西尾監督が指摘していたのは、この二作品の驚くべき振れ幅。一方はやりたい放題の自主制作映画で、もう一方はかっちり型にはまった劇映画なのです。このに作品、時間的には8年間離れているのですが、その間にインディペンデントの若手から職業監督へと姿を変えるカプッチョの歩みが想像できます。もともとは、フェリーニの助監督という立場でキャリアを始めたカプッチョ。映画に対する情熱と知識には凄まじいものがあります。それを内に秘め、時には職人に徹することで、現代イタリア映画界で生き抜いています。西尾監督からは、総じると「カプッチョあなどりがたし」というお言葉をいただきました。

 個人的には初期の前衛色の強いカプッチョを評価してしまいがちだったのですが、西尾監督のお話を聞いて、プロとして生計を立てることの重みと「ウェルメイド」な映画の見方に、とても納得がいきました。ちなみに、西尾監督の最新作『ソウル・フラワー・トレイン』は、『フィルムがない!』から『ただ彼女と眠りたかっただけなのに』への移行期のあたるエンターテイメント映画だそうです。来年に第七藝術劇場でも公開予定です。

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 最後に一つトークショーの補足を。『フィルムがない!』では、主人公三人とプロデューサーであるアルコピントが実名で登場していて、現在はイタリア映画界でそれぞれ活躍しているという説明がありました。実は彼らを凌ぐ活躍をしている映画人が作中に出てきます。サッカーの試合で相手チームのキーパーをしていたドメニコ・プロカッチ。『ゴモラ』(Gomorra, 2008)や『ローマ法王の休日』(Habemus Papam, 2011)など、彼のプロデュースした代表作の名前は挙げればばきりがありません。アルコピントは、サッカーをする度にプロカッチのチームに苦汁を舐めさせられていましたが、現実世界でもまさにその構図は変わっていないというわけです。今は敏腕プロデューサーとして名の通ったプロカッチの若かりし姿を拝むというのも、『フィルムがない!』の隠れた楽しみ方の一つかもしれません。

2013-11-08

フェリーニの遺言

 先日、映画を観て衝撃を受けた。その映画というのは『ファントッツィ、皆と対立』(Fantozzi contro tutti, 1980)だ。パオロ・ヴィラッジョ演じるファントッツィといえば、イタリアで知らない人はいないコミック映画の主人公。1968年にテレビドラマとして人気を博し、映画でも1975年から1999年まで、実に10作品で主人公となった。まさに国民的キャラクターといったところ。内容は大企業で働くドジな主人公が失敗を繰り返すドタバタ喜劇。その過剰な失敗ぶりが笑いを誘うわけだが、そんな中で私が衝撃を受けたのは、以下の場面である。

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 会社から急いで家に帰ってきたファントッツィは、居間に走り込む。懸命に何かを探していると思ったら、テレビのリモコンに飛びついた。それから夜通し、テレビ番組のザッピングを続ける。夕飯もそっちのけで食い入るようにテレビ画面を凝視している。彼は26秒間に380回チャンネルを変えたという記録を保持しているらしい。同じアパートのどの部屋でも、同じようにザッピングが行われている。絶えず行われるザッピングは、今やイタリアにおいて日常的な生活風景になってしまった……。

 衝撃である。この映画が世に出た1980年といえば、ボローニャ駅での爆弾テロをピークに激しいテロ運動が終焉を迎え、ビデオゲームなどの新しい娯楽が流行り出した年だ。まさに新時代の幕開けだった。そこにきてファントッツィのザッピングである。ドジをやらかすばかりではなく、当時の社会を痛烈に皮肉り、テレビにのめり込んでいく人々に、警鐘を鳴らしていたのだ。ちなみに後の首相シルヴィオ・ベルルスコーニが、テレビ局カナーレ5を設立したのもこの年だ。 

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 ちょうどその10年後、ファントッツィを演じていたヴィラッジョが、フェデリコ・フェリーニの遺作となる『ボイス・オブ・ムーン』(La voce della luna, 1990)で主演を務めたのは偶然ではないはずだ。なにしろこの作品は反テレビの記号が散りばめられているのだから。一日中テレビ漬けの子供たち、巨大スクリーンに映し出された月を見て狂騒する人々、コマーシャルの時間を告げる月……。物語の最後、もう一人の主人公ロベルト・ベニーニが、月の声を聞こうとして、こうつぶやく。「もう少し静かにしたら何か分かるかも知れない」。それはつまり、「肥大化するマスメディアでは分からないものがある」というフェリーニからのメッセージではないだろうか。

 その3年後の1993年、フェリーニは亡くなる。彼の願いに反して、マスメディアの勢いは増す一方。つまり、聞こえないものに耳を傾けるフェリーニ映画のような作品は認められにくくなっている。

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 今回我々が特集上映を企画した監督エウジェニオ・カプッチョがデビューしたのは、まさにそんな時期だった。『ボイス・オブ・ムーン』では制作の裏側を追ったドキュメンタリー風の短編映画を撮影した彼は、巨匠フェリーニを最も間近で見てきた一人だ。その作品を年代順に見ていくと、懸命にもがきながら映画を制作している彼の姿がわかってくる。友人たちと共に撮影した『フィルムがない!』(Il caricatore, 1996)、その続編『人生は一度きり(邦題は著者訳)』(La vita è una sola, 1999)、初めて職業監督に徹した『ただ彼女と眠りたかっただけなのに』(Volevo solo dormirle addosso, 2004)、スター俳優を起用した『ふたつにひとつ』(Uno su due, 2007)と『かくなる上は背中を押すぜ(邦題は著者訳)』(Se sei così, ti dico sì, 2010)。初期は作家性の高いインディペンデント映画で、後期は技術を駆使した職人的な仕事ぶりを見せてくれる。個性豊かなラインナップなゆえに、作品によって好き嫌いも出るだろうが、監督が深い映画の知識を持って制作に取り組んでいることは確かだ。フェリーニに薫陶を受けた映画バカ一代エウジェニオ・カプッチョ。今後如何なる道を模索するのだろうか。テレビやコマーシャリズムに負けず「聞こえないものに耳を傾ける」映画を撮るのだろうか。これからも見守りたい。

(文責 ハムエッグ大輔)

2013-10-03

伊田広行さんを迎えてのトークショー『陽気なイタリア社会の困難な現状』

さる9月14日、元・立誠小学校特設シアターで、ドーナッツクラブ配給の映画を上映後、チルコロ京都でトークショーを実施しました。その日上映された『ただ彼女と眠りたかっただけなのに』は、主人公の青年が、人件費削減のため、同じ会社で働く社員の中から25人を解雇するように命じられ、その任務の重圧によって精神的に極限状態に追い込まれていくというストーリー。映画に合わせ、トークテーマは「日本とイタリアの社会問題」。ゲストは、関西非正規等労働組合「ユニオンぼちぼち」で活動されている伊田広行さん。既成の社会体制にとらわれない働き方・生き方を提唱する伊田さんは、映画を観て何を感じられたのでしょうか? 京都ドーナッツクラブ代表・野村雅夫が進行役となり、お話を伺いました。

 トークショーではまず、最近の新聞に掲載されていた「追い出し部屋」や「首切り屋」の記事を引用しつつ、日本社会における労働状況を把握。作品は2004年のものですが、現在の日本にも通じるストレス過多な労働環境が描かれており、イタリアと日本が同じ方向に進んでいることがよくわかりました。

 続いて主人公の暴言についての解説。仕事に疲弊した主人公は、彼女に対して、あてつけのように女性を蔑視する発言を繰り返します。果たして彼は心の底からそんな発言をしたかったのか。主人公は、仕事に恋に、充実した生活を楽しみたかっただけなのに、大企業という社会システムに、がんじがらめになっていく。理想としていた自分が失われていく最中のうめき声が、彼女への暴言という形で表れたのではないか。そう考えて作品を鑑賞すると、より膨らみのある物語に見えてきます。「そもそも主人公は首切りの仕事を引き受けなければよかった。根本的に、仕事に対する意識を変えなければいけない」とは伊田さんの言。仕事だから我慢する・しないを論じるのではなく、まず前提として仕事とは何なのか、何のためにするのかを考える必要があると伊田さんは主張します。軽率なようで、複雑な心情を持っていたかもしれない主人公。物語の最後、エレベーターに乗り込みながらつぶやく一言が、彼のイメージを決定づけます。伊田さんの言うとおり、主人公は意識の改革を要する社会の犠牲者であることは確かです。

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 次にイタリアの家庭の事情。映画では、イタリアの家族観、恋愛観を反映した場面も多々登場します。これについては、伊田さんもご自身のブログで言及されています。イタリアの晩婚化、離婚率、家族のあり方について。

 イタリアに留学していた僕から補足したいのは、数字だけ見るとイタリアの離婚率は低いのですが、実際の離婚率はとても高いということ。僕のイタリアの友人を見てみても、両親が離婚しているという人が6割。ただそれは法的な離婚ではなく、別居という形をとっているだけなのかもしれません。そして日本人の感覚からは驚きなのですが、別れたパートナー、別れたパートナーとの間にもうけた子供、新しいパートナー、新しいパートナーの間にもうけた子供といった複雑な関係にある人同士も、結構仲良くしています。例えば母方に引き取られた娘が「今度パパと、パパの再婚相手と一緒に映画を観に行くの」といった具合。こういった関係性は、風通しが良くて非常に良いと僕も思います。

 話が少し脱線しましたが、トークショーは非常に充実した内容で、あっという間に終わりの時間を迎えました。トークショー終了後も、チルコロ京都でお酒を飲みながら、伊田さん含む、参加者の方たちとともに談笑。楽しい時間を過ごすことができました。

2013-09-17

マッシモ・ガウディオーゾの青春時代

 『フィルムがない!』(Il caricatore, 1996)は、少ない資金でなんとか映画を撮影しようと奮闘する三人の若者を描いたコメディー映画である。若者たちのうちの一人が、現在テレビや映画で活躍する監督エウジェニオ・カプッチョなのだが、実は残りの二人も、イタリアの映像業界を牽引する存在となっている。『フィルムがない!』の中で、「平凡な男の日常こそが物語なんだ」と主張していたマッシモ・ガウディオーゾ。どちらかというと気が弱く、いつも奥さんの尻に敷かれていた彼も、今では売れっ子脚本家だ。映画の中の冴えない彼の姿からは、およそ想像しがたいその後の活躍ぶりを見てみよう。

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 デビュー作『フィルムがない!』に続き、エウジェニオ、マッシモ、ファビオの三人組の物語『人生は一度きり』(La vita è una sola, 1999, 日本未公開)を発表。だが実はその一年前に、『不可避の事態』(Il caso di forza maggiore, 1998, 日本未公開)という短編映画を制作している。監督はデビューしたてのマッテオ・ガローネ。マッシモとファビオは脚本兼俳優を務めた。端役ではあるが盟友エウジェニオの姿も作中で見られる。「不可避の事態に陥ったから、相談に乗って欲しい」と友人に頼まれた主人公が、待ち合わせの場所に行く途中ですれ違った美女のあとを追って、まったく違う場所に行ってしまうというストーリー。つまり、マッシモが撮りたがっていた「平凡な男の日常」の物語だ。彼はデビュー二作目にして、望みを叶えていたのだ。

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 その後、ガローネとの関係を強めたマッシモは、同監督の『ローマの夏』(Estate romano, 2000, 日本未公開)、『剥製師』(L’imbalsamatore, 2002)、『初恋』(Primo amore, 2004, 日本未公開)、『ゴモラ』(Gomorra, 2008)、『リアリティー』(Reality, 2012)でも脚本を担当。ナポリの犯罪組織の実情を描いた小説と同名の映画『ゴモラ』では、カンヌ映画祭審査員特別グランプリを受賞している。

 マッシモの活躍はそれだけに留まらず、ダニエーレ・チプリの『それは息子だった』(È stato il figlio, 2012)など、他監督作品でも脚本を担当している。中でも特筆したいのがルカ・ミニエーロの『南へようこそ』(Benvenuti al Sud, 2010, 日本未公開)だ。なんと2010/2011年度の国内興行収入が約3000万ユーロ(39億円)で、年間ランキング第2位になった大ヒット映画なのだ。北イタリアの真面目な郵便局員アルベルト・コロンボは、南イタリアの田舎町に単身赴任となる。その生活スタイルの緩さに最初は愕然とするが、周りの人々と触れ合う中で、徐々に馴染んでいく。方言や習慣、経済格差など、南北のギャップをコミカルに描いた物語だ。ありきたりではあるが、このテーマには普遍の面白さがあるのか、観客を惹きつける場面やセリフが盛り沢山だ。登場人物もユーモアにあふれている。それもこれも脚本家マッシモの手腕なのかもしれない。

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 国内一、二を争う商業映画など、若かりし頃のマッシモからすると考えられないが、その素晴らしい仕事ぶりからは、今も変わらぬ映画への愛情が見受けられる。もう一度、彼の原点『フィルムがない!』を鑑賞してみると、子供のお守りをしながら自分のアイデアを語ったり、資金が底を尽きて頭を抱えるマッシモの姿が目に付いた。現在の視点に立ってみると、この映画は現役で活躍する映画人の青春時代を描いた作品なのだと気づいた。

2013-09-05

愛嬌でモテる色男ヴォーロ

 

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 ファビオ・ヴォーロことファビオ・ボネッティは、まだ小学生だった頃、ある映画が大好きだった。アルベルト・ソルディ監督作品の『私が知っていることを君が知っていると私は知っている』(Io so che tu sai che io so, 1982, 日本未公開)。自分と同姓同名の主人公が登場するということで、ボネッティ少年は幾度となくこの作品を鑑賞したらしい。アルベルト・ソルディ扮する銀行員ファビオ・ボネッティが妻の浮気を疑いはじめたことで、家族の歯車が狂っていくというコメディー映画だ。それにしても、表情豊かで憎めない人柄の主人公や、色恋沙汰に振り回される日常生活など、この映画の中には、後に人気マルチタレントとなるヴォーロの映画人としての要素が凝縮されている気がしてならない。

 ヴォーロは1972年、北イタリア・ベルガモ県のカルチナーテで生まれた。高校を卒業し、バンドのドラマーや父の経営するパン屋の手伝いを経験した後、1994年地元のインディーズレーベルから歌手デビュー。さらに1996年、ラジオDJとしてデビューを果たす。以降、テレビタレント、作家、俳優としても活躍している。興味の赴くままにさまざまな活動に手を染める彼だが、2003年には、以前から親交の深かった同郷の大先輩シルヴァーノ・アゴスティに誘われて、劇の舞台でも主演を務めている。その時のインタビューでは、こんな言葉を残している。

ぼくは何のスペシャリストでもないんだ。一つのことだけを続けられないから、いろんなことを同時にやっている。やりながら分かってくるだろうと思って。それに、一つがダメになっても、他のことが残っているからね。

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 えらく肩の力が抜けたコメントだが、成功と人気を裏付けるだけの実力も持っている。まくし立てるような喋り方と、機知に富んだ言い回し。決して二枚目というわけではないが、自分の頭が剥げかかっていることをネタにしてみたりと、人としての飾らなさにも愛嬌を感じる。俳優としては、アレッサンドロ・ダラートリ監督作品『彼らの場合』(Casomai, 2002)で初主演。続いて同監督の『熱』(La febbre, 2005, 日本未公開)でも主役を演じた。この二作では、ビッグアーティストが主題歌を担当していて、勢いのある若手タレント・ヴォーロを主役に抜擢してヒットを狙った印象が拭えない。しかし、主演三作目『ふたつにひとつ』(Uno su due, 2006)になると、「やりながら分かってくる」というヴォーロの言葉どおり、板についてきた演技が観客を圧倒する。本作は、脳腫瘍の可能性に苛まれ、男の人生が一変するという物語だ。主人公の喜怒哀楽のコントラストが要となるのだが、ヴォーロはそれを見事に演じ切っている。

 着実に認知度を高めたヴォーロは、『モニカ・ベルッチの恋愛マニュアル』(Manuale d’amore 2, 2007)や『イリーガル・オフィス』(Studio illegale, 2013, 日本未公開)など、ここ10年のあいだに、自らの著書の映画化を含む10本の映画に出演し、国内人気俳優の座を確固たるものとした。面白いのは、どの映画でも女性とのトラブルが絶えない色男を演じていることだ。それも見た目ではなく、人柄でもてるタイプの色男。しかも年齢を重ねれば重ねるほど、そのキャラクターの深みを増してきているように思える。まるで、子供の頃に夢中になった映画の名優に近づいてきているかのようだ。

(文責 ハムエッグ大輔)



『ふたつにひとつ』は、私たちドーナッツクラブが翻訳し、字幕をつけ、2013年9月7日、明後日に本邦初公開を迎えます。

京都、元・立誠小学校 特設シアターにて公開。

貴重な機会ですので、ぜひお越し下さいませ。

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