『ゲノムと聖書』批判(1)

ヒトゲノム研究所の所長(1993-2008)で、国際ヒトゲノム計画の代表も務めたというフランシス・コリンズの書いた『ゲノムと聖書』(NTT出版、2008)を検証する。
ちなみに中村佐知という、プリンストンを出た心理学博士が訳者のひとりだそう。この人の翻訳にはウィルキンソンの『ヤベツの祈り』『ヴァインの祝福』とタウンゼントの『境界線』があると訳者紹介にあるけれど、どれも批判的にとりあげたいものw


この本の売り文句に「科学者、<神>について考える」とあるように、前半は無神論者に対して神を信じることが論理的だということを、科学者としての自分の証をふまえながら書いている。その部分はそれほど問題に感じないのだけれど、後半部分は現代の最新科学の成果のもとに、聖書を解釈すべきという立場−ひとことで言えば有神論的進化論者の立場をアメリカの保守派クリスチャンにアピールし、薦めている。

 
はたして聖書の伝統的解釈を変えてしまわなければならないほど、彼の言う「科学的発見」は絶対的なものなのか、検証しようと思う。
(もちろん、伝統的解釈がすべて正しいとは限らず、間違っていることもある。ただ、その場合は聖書自身による証言−聖書釈義によってのみ訂正可能で、その他の方法はない。)
ちなみにここで言う「伝統的解釈」というのは、人は神によって直接造られたということ、また、罪によって死ぬようになった、ということ。「種類に従って」という創世記1章の記述もそうだが、結果的にこの二つを否定する進化論(大進化)には反対。


で、本文の検証だけれど、第4章「地球上の生命」の中で、おそらく最も保守派クリスチャンである「若い地球説」の立場をとる人を意識してこう書いている;

放射能や特定の同位元素の自然崩壊によって、地球上のさまざまな岩石の年代を決定できる、かなり正確でエレガントな方法が現れた。(中略)三つの放射線の化学元素が徐々に崩壊し、その半分が別の安定した元素に変わるのにかかる時間(半減期)を測定の基準とするのである。ウランは鉛に、カリウムはアルゴンに、ストロンチウムルビジウムという珍しい元素に変わっていく(中略)この三つの独立した方法はすべて、地球の年齢に関して驚くほど一致した結果を出しており、だいたい45億5000万年と言われている。誤差の範囲はわずか1パーセントほどである。(p.87)

科学の最先端にいることをを自負する著者が、最近書いた本の中で年代測定に関して「エレガントな方法が現れた」て、どんな方法?と期待させるが、ありきたりな方法論が簡単に書かれているのみ。そしてその方法から得られた45億年をもとにして、地球誕生後の様子やその後生物が発生し、単細胞生物から多様な生物に進化したのだろうと推測して書いている。
私個人の立場としては、はっきりと若い地球説の立場にあるわけではないけれど、これをたいした根拠もないのに否定する立場を否定する。
で、ここでは年代測定の問題で、私も10年以上ネット上で様々な立場の人と議論してきたので、当然このことも多く議論してきた。
この「エレガントな方法」は、彼が言うように、本当に「かなり正確」な数値を出せるのだろうか。
以下は小海キリスト教会の牧師、水草修治氏の文だけれど、このことについてとてもわかりやすくまとめられているので紹介する。

「ここに燃えているローソクがあり、長さは5センチメートルである。さてこのローソクは何分燃えていたのだろうか? ただしこのローソクは毎分5 ミリメートル消費するものとする。」この問題に答えることができるだろうか。できるわけがない。点火する前のローソクの長さがわからないからである。
示準化石によっては、地質の古さの相対年代しかわからないだろうが、放射性同位元素による絶対年代の測定方法があるではないかと思う人がいるだろう。放射性同位元素による年代測定とはどのようなものか。放射性物質は長期間に、原子が崩壊して半分が安定した状態になるのに要する時間が一定であるという仮説に基づいて考案された測定法である。ウラニウム− 鉛法、カリウム− アルゴン法、炭素14法などが代表的なものである。たとえばウラニウム238は半分鉛206になるのに45億年かかるという。
では、ここに50パーセントがウランで50パーセントは鉛という岩石があるとすると、この岩石の年代は何年になるだろうか? ・・・
ローソクの場合と同じで、実は、これでは計算のしようがない。最初にこの岩石の中でウラニウムと鉛が占める割合が不明であるからである。
しかもウランのような放射性同位体による絶対年代の測定は、堆積岩には用いることができない。堆積岩は火成岩が材料となってできているためである。堆積岩は火成岩をはじめとするいろいろな岩石が風化や侵食を受けてできた土砂が固まってできたものである。だから堆積岩のなかにかりに放射性同位体を含む鉱物があっても、その鉱物は、堆積岩が形成される前にすでにできていたものだ。だから、それをもとにして年代測定をしても、堆積岩ができた時期ということにはならないからである。したがって地質学時代の年代測定にウラン、カリウムなどは使用できない。−−(今村峯雄『年代をはかる (はかるシリーズ)日本規格協会1991、p4,p14)。
(中略)だから結局、百万年を単位とする地質学柱状図の年代は放射性同位元素によって測定した「絶対年代」ではないわけだ。それにもかかわらず、地質学柱状図には、もっともらしく百万年を単位として何億年というような数字が「絶対年代」と称して書かれている。何百万年、何億年などというのは、実際は進化論者が斉一説を前提として「進化にはまあこれくらいの年数がかかるだろう」という推測しただけの主観の産物にすぎない。
(第3章 地質年代の年代測定 3.放射線同位元素による測定)

この文章の中にある「斉一説」というのは、今の地球の状態が、昔から基本的に変わっていない、という考え。
以下の本は年代測定の炭素14測定法に限ったものだけれど、それは他の放射年代測定にもあてはまると思うので、そのレビューを載せておく。

この本から分かることは、過去の遺物の「年代」を特定するということは、ある装置に遺物を放り込み、ボタンをぽんと押せば簡単に間違いなくデーターが出てくる、と言うほど簡単な事ではなく、いろいろな推測と細かいデーター補正によって、学者は、何とか「それらしい」データーを「作り上げている」に過ぎない、ということかもしれません。
そもそも、炭素14測定法が機能するためには、大気中の炭素14の量が、ずっと一定であった、ということに対する「信仰」が必要です。
何かの事で、それが狂うと、すべてのデーターが狂います。
そして、大気中の炭素14量が、必ずしも歴史を通じていつも一定で有ったわけではないことも既に事実として分かっています。
この本は、1945年、すなわち最初の原子爆弾が炸裂して以降の大気中の炭素14量は、大きく跳ね上がり、1945年以降の「遺物」には、炭素14測定法は使えない状態であることを明示しています。
また、産業革命以来の炭素排出量の激増によっても炭素14量は増えており、その補正も難しいところのようです。
そういう、我々が「当たり前」にスルーしている学問の基本的部分の信頼性について本当のことを知りたい方には、この本はとっかかりとしては最善かもしれません。
(『年代測定 (大英博物館双書―古代を解き明かす)』レビュー。)